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 約14年ぶりにトップが交代したトヨタ自動車の社長。佐藤恒治氏が新社長兼Chief Executive Officer(最高経営責任者)に就任する一方で、豊田章男氏は代表取締役会長に就いた。この社長交代をどのように読み解いたらよいのか。トヨタ自動車で長年技術者を務めた後、役員への企画提案業務をこなすなどトヨタ自動車を深く知るHY人財育成研究所の肌附安明氏と、エンジンの開発設計に長年従事した後、将来の技術シナリオの策定業務を手掛けた経歴を持つ、Touson自動車戦略研究所代表で愛知工業大学工学部客員教授の藤村俊夫氏の両氏に聞いた(取材はいずれも2023年2月)。

HY人財育成研究所
肌附安明氏の眼

トヨタ自動車に新しい社長が就任します。年齢は53歳。ずばり、トヨタ自動車はどうなると思いますか。

肌附氏:さらに良い方向に行くだろう(図1)。豊田前社長では手が届かなかった領域に新社長が進むとみているからだ。手の届かなかった領域とは、例えば人工知能(AI)や量子コンピューター、ロボティクスといった新技術の分野である。豊田前社長自身も「CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)に対しては古い人間」と会見で述べていた。

図1 HY人財育成研究所所長の肌附安明氏
図1 HY人財育成研究所所長の肌附安明氏
(イラスト:高松啓二)
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 豊田前社長は今、66歳。年齢が全てとは言わないが、これくらいの年齢になるとなかなか新技術についていけなくなる。50歳代前半の若い社長であれば、新技術の導入と正確な判断を期待できる。世界で新しい技術が登場したときに、それが本物(普及するもの)か否かを見分ける感覚は若い方が優れている。もちろん、体力や馬力もある。これらも今後のトヨタ自動車を社長として引っ張っていくには大切な要素だ。

 今回の社長人事に併せて、初代ハイブリッド車(HEV)「プリウス」を開発した技術者である内山田竹志氏が代表取締役会長を退任する(図2)。すると、豊田前社長の代わりに技術を評価してくれる人がいなくなる。この点も、豊田前社長が技術系の若い人材を社長に引き上げた背景にあるのではないか。

図2 中央が佐藤新社長、左が豊田前社長、右が内山田前会長
図2 中央が佐藤新社長、左が豊田前社長、右が内山田前会長
(出所:トヨタ自動車)
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 自動車業界が今後も安泰なら、年功序列型の順繰り人事でも構わない。実際、豊田前社長が就任する前まではそうした人事でも経営はうまくいっていた。そうした時代であれば、ここまで社長の若返りを図る必要はなかったと思う。だが、今の自動車業界は100年に一度レベルの大変革期にある。この大きな変化を乗り切るには、50歳代前半の若さが必要だと豊田前社長は感じたのだろう。

新社長が技術者出身というのも、トヨタ自動車にとって珍しいといえます。

肌附氏:新技術の難易度の高さや複雑さ、そして変化の激しさを踏まえると、技術系の社長でなければこれからの大変革期を乗り越えられない。すなわち、今のトヨタ自動車の社長には、技術に対する先見的な目が求められている。そのため、事務系や文系出身の社長では対応が難しいだろう。

 さらに言えば、技術系の中でも開発設計出身者であることが望ましい。現在最も重要なのは、「どのようなクルマを開発設計するか」だからだ。これは、新技術をいかに創り上げるかと同義語である。造るクルマが決まっている時代なら、より安く速く高品質に造る生産技術や生産の出身者でも構わない。だが、今後どのようなクルマを造っていけばよいかがまだ固まっていない中では、生産よりも開発設計に目が利く社長が適任だと思う。