新社長の佐藤恒治氏が率いる新体制で動き出したトヨタ自動車。その新体制を発表した同年2月13日、佐藤新社長は、併せて新体制が進めるクルマづくりのテーマや重点事業を説明した(図1)。質疑応答では、重点事業に掲げた「次世代BEV(電気自動車、以下EV)を起点とした事業改革」に質問が集中。それらの質問に佐藤新社長はどう答えたのか(図2)。
EVの取り組みについて、2026年に向けて開発を進める。なぜこうした取り組みが必要なのか。また、どのような計画で進めるのか。
■佐藤新社長:今回説明した内容はこれまでと変わらない。基本的にはマルチパスウエー(全方位戦略)、すなわちあらゆる選択肢を多くの人に(提供する)ということを前提とする。その上で、1つの選択肢であるEVに対しても具体的な取り組みを加速していくということだ。
エネルギー環境が異なり、各国の規制や経済状況も違っている中でも、多くの人に移動の自由を提供すること。そして、カーボンニュートラリティー(温暖化ガスの排出量実質ゼロ化)を実現する上では各国の事情を考慮した取り組みが必要だというのは、トヨタ自動車の不変の考え方だ。
一方で、電動化が進んでいる国・地域も多々ある。そうした国・地域に向けての取り組みでは具体例をしっかりと示すべきだと考えている。実際、どのようなEVを開発していくのか。やはり、我々は自動車メーカーなので、操る楽しさを感じてもらったり、クルマを所有することによって多くの人に笑顔になってもらったりしてほしい。この思いはずっと原点にある。我々らしいEVをどう造るかについては、豊田マスタードライバー(=豊田章男現社長)と共に、我々に必要な「味」や「要素」は何かと研究してきた。
その取り組みを進める中で、やはり、これまでの内燃機関(エンジン)を前提としたクルマづくりとは違うアプローチが必要だという学びをたくさん得られた。熱エネルギーが常に存在するエンジンを基本にした現在のクルマに対し、EVは逆に「創熱」、すなわち熱を創り出すことを考えなければならない。エネルギーの流れも違う。可逆的あるいは不可逆的なエネルギー変化をする電気の特性を十分に理解したクルマづくりが必要だ。空力に対する影響度も大きく違う。こうしたたくさんのナレッジ(知識)が我々の手の内に入ってきている。
これらを踏まえると、EVに最適なクルマづくりのあり方をもう一歩踏み込んで進めていく必要があると考えており、実践していきたいと思っている。
トヨタ自動車はEVの開発で後れている?
トヨタ自動車はEVの開発が後れているのではないか。また、新しいEV用プラットフォームの開発に関して時間軸を教えてほしい。
■佐藤新社長:新しいEVの開発活動に関する詳細な計画については、新体制が発足した後の2023年4月ごろに詳しく説明したい。(EVについて)我々はいろいろな声をもらっている。開発が遅いのではないかという声も含めてだ。これはコミュニケーション面での課題が多々あったのではないかと反省している。これには理由がある。
まず、我々はマルチパスウエーを採ってきた。まずは今すぐできること、すなわち二酸化炭素(CO2)を足元から減らしていくことが大切だと思っている。現在、世界で見た電動車の比率は23%程度であるのに対し、トヨタ自動車の比率はグローバル平均よりも高く26~27%になっている。足元のCO2を減らしていくという、省エネルギーの観点の取り組みをしっかりとやりながら、中・長期的にはEVへのシフトを促していくという考えがある。
EVへの取り組みが遅いという指摘に関しては、半分くらいはコミュニケーションの問題だと感じている。実際、私は開発の現場におり、豊田前社長とEVについて結構議論している。(レーサー名である)モリゾーのイメージが強いからか、(EVに関する)実際の現場における会話の密度と世の中のイメージがかい離しているのかもしれない。特に、私自身は高級車「レクサス」を担当していたため、レクサスの電動化事業についてはブランドホルダーである豊田前社長とかなり深く議論を続けている。豊田前社長は、これまでもマスタードライバーとして開発に深く入って進めてきたというのが実態だ。
ただ、萌芽(ほうが)期のEVのあり方と、本格普及期のEVのあり方を少しセクションごとに分けて対応していくべきだと考えている。その意味では、全体の戦略をこれからはもう少しオープンに話していくべきだろう。この点については中嶋裕樹新副社長〔最高技術責任者(Chief Technology Officer)、Mid-size Vehicle Company(President)、CV Company(President)〕が補足する(図3)。
■中嶋新副社長:さまざまな開発の現場でEVの開発が進んでいる。コミュニケーションの問題もあると思うが、我々のマルチパスウエーの中ではEVも重要な手段だと考えている。開発の速度をより一層上げて進めていきたい。
EVで最も改革を要するのは「ものづくり」
なぜ、EVを起点とした事業改革をレクサスから始めるのか。
■佐藤新社長:EVの進展(=普及)具合を見ると、やはり先進国を中心とした動きが顕著に出ている。これを踏まえると、レクサスの事業領域がカバーしている国・地域のEVのニーズが非常に高い。我々はあくまでも顧客の笑顔や期待に応えていくクルマづくりを進めていくことを第一に考えている。その観点からも、まずは期待の大きいレクサスからしっかりとEVの新規事業のあり方を模索していきたい。
鍵はものづくりの変革だ。もちろん設計やデザインは大切だが、構造上、最も改革を要するのはものづくりのところだと考えている。設計構造の合理化はものづくりの合理化なしには成立しない。ものづくりの改革に力点を置いた事業改革を進めていく必要がある。この点については、新郷和晃執行役員〔最高製品責任者(Chief Production Officer)、Toyota Compact Car Company(President)〕が補足する(図4)。
■新郷氏:トヨタ自動車自動車は1997年にハイブリッド車(HEV)の初代「プリウス」を市場投入した。この時からずっと大切にしているのは、環境車は普及してこそ初めて貢献できるという思いだ。そのため、やはり手に届く価格で安心して楽しいクルマを提供するのが1つのキーワードだと思っている。だが、トヨタ自動車が今掲げているマルチパスウエーのうち、いずれのパスウエーを通るにしても、手に届く価格で提供するためには、非常に大きな技術開発(の課題)が立ちはだかっている。
特に、小さなクルマでこの課題を解決しようとすると、ハードルはさらに高くなる。今回、新しいプラットフォームを造りながら、より手の届きやすいEVを造っていく。それをこの新チーム(=新体制)で垣根なく進めていくことが重要だと考えている。技術開発だけではなく、その地域に根ざした部品の調達や販売の仕方など、いろいろな課題があると思う。このチームで素早く意思決定しながら先に進んでいきたい。
■中嶋新副社長:少し補足したい。レクサスブランドやトヨタ自動車ブランドでいろいろなクルマがあるが、当然、地域やEVの進展度合いによっても(課題は)変わってくる。(EVに関しては)レクサスへの期待度は非常に高い。決して大きなクルマに対してだけではない。レクサスはコンパクトなクルマにも対応しているからだ。その辺り全体をレクサスブランドとしてどう考えるか、また顧客とどのような接点を取りながらEVを普及させていくのか。まずはレクサスから新しい扉を開きたい。
当然、技術に関してはレクサスとトヨタ自動車の両ブランドで並行して開発を進めていく。
トヨタ車のEV戦略は?
トヨタ自動車が電動化に対して大きな決意を示したことは理解した。トヨタ自動車は2030年に年間350万台のEVを販売するという目標を掲げている。レクサスから事業改革を始めるとのことだが、量を出すにはトヨタ自動車ブランドのEVが必要だ。トヨタ自動車ブランドとしての電動化戦略を教えてほしい。
■佐藤新社長:我々のマルチパスウエーという考え方は全くぶれておらず、これまでと変わっていない。私がエンジニア出身ということもあり、選択肢がメニューに載っていなければ、メニューに選択肢を載せるのがエンジニアの仕事だと思っている。
世界中、これだけエネルギー環境が違う中で、(EVという)ワンソリューションで解決できる問題ではないと強く思っている。今日話した内容は「トヨタ自動車がEVに急速にかじを切った」というものでは全くない。これまでどちらかといえばコミュニケーションが浅かったEVについて、もう少し具体的な発信をしたいと思い、今日話をした。
具体的な戦略についてはこれからどんどん深めていかなければならない。EVについてはレクサスが先頭をいくものの、これはレクサスだけの問題ではない。レクサスで100万台、トヨタ自動車(全体)で350万台の目線を目指して段階的なEVの普及に努めるという考え方は変わっていない。既にスタートを切って粛々と進めているところだ。
しかし、いきなり数量的な目標を掲げるというよりは、小さい単位でまず実践し、その中からの学びをアジャイルに(=素早く)生かしていくという意味で、最適な事業単位というものがあると思っている。最低100万台くらいのところに目線を置きながら、アジャイルに検討する必要があるだろう。こうしたことも含めて、レクサスが先導しながらトヨタ自動車に伝えていく。そういう進め方になっていくのではないか。宮崎洋一新副社長〔最高財務責任者(CFO)、Chief Competitive Officer事業・販売(President)〕が補足する(図5)。
■宮崎新副社長:まずレクサスでトヨタ自動車らしいEVのイメージをしっかり作っていくことが大切だと思っている。一方で、指摘された通り、顧客のさまざまな選択に応えていくためには、トヨタ自動車ブランドでの普及という観点で、EVからHEV、プラグインHEV(PHEV)、燃料電池車(FCV)まで準備していかなければならない。
トヨタ自動車ブランドの中を見ても、北米や欧州、中国、その他のアジア新興国においてもEVの需要は出てきている。そうした市場にも、ブランドを超えてトヨタ自動車として魅力あるEVを届けられるように進めていきたい。同時に、これらの地域では生産も現地で行っている。電動化に対する需要のバリエーションに合わせて、今後は現地生産も含めて検討していきたい。