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 日野自動車の品質不正は、中大型車のディーゼルエンジンの燃費・排ガスの検査不正の発覚から始まりました(図1)。2022年8月2日に調査報告書が公表されましたが、同月22日には国土交通省の立ち入り検査で小型トラック用エンジンの性能試験における不正が発覚1)。結果的に、同社の国内向け車種のほとんどが販売不能に陥りました。

図1 不正発覚時の日野自動車の記者会見
図1 不正発覚時の日野自動車の記者会見
社長の小木曽聡氏(左)と同社会長の下義生氏(右、当時)。下氏は2022年6月に会長を退任した。(写真:日経クロステック)
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 ディーゼル車の排ガス規制は大幅に厳しくなっています。規制クリアのための技術開発は極めて困難な課題だったのでしょう。不正の直接的な原因は技術力不足と考えられますが、最大の原因は経営陣の厳しい圧力です。

 経営陣が困難な性能目標を掲げることは、企業が生き残るために必要です。しかし、その目標をクリアできないとき、経営陣が現場と課題を共有して解決に取り組まなければ、出口がみつかりません。日野自動車の調査報告書はこの状況を「押し付けられた無理を不正行為で成し遂げてしまう」と指摘しています。

怠惰な経営層から職場を守るとは

 「問題があれば現場で解決せよ」という経営者はどの会社にもいます。現場の力を育てる意味で言う人ばかりではなく、怠慢な経営者が言うと単なる現場任せに過ぎません。同じ言葉でも、言う人によっては全く逆の意味になります。

 もし、現場ができないことを「できない」と言えなければ、誰かが不正行為によってできたかのようにみせかけるしかありません。そのような会社では、言うべきことを言わない人ほど経営者に気に入られて、次の経営者に引き立てられがちです。その結果、問題を現場任せにする経営者と、上には何も言えない幹部たち、という体制がいつまでも続きます。

 この構図に陥ると、「上司には何を言っても無駄」と現場の誰もがさめてしまいます。しかし、この諦めは現場の怠慢です。上司を突き上げる人が1人もいない職場に未来はありません。管理職は部下から厳しく育ててもらって成長するのであり、怠慢な経営者から学ぶものはないからです。

 管理職が職場で守るべきなのは職場の活力であり、誰もが気持ちよく仕事のできる環境です。これらは不正の起きやすい職場に欠けているものでもあります。この視点で不正防止を考えると、不正の温床を生んでいるのは意外な人たちだと分かります。その理由を説明する前に、少し遠回りですが品質不正のメカニズムを整理しておきます。

品質不正のメカニズム

 品質不正の多くは検査部門で起きます。少々語弊がありますが、一般に検査部門は社内的にはぱっとしない部門である場合が多いと言えます。

 工場の生産計画にゆとりがなく、製品を受注分の数量しか造っていない職場を想定してみましょう。このような職場で不良品が出たとき、検査部門は試験方法の変更やデータの改ざんによって不良品を合格させて出荷可能にするしかありません。「そんなむちゃな会社があるのか」と思う人がいるかもしれません。しかし、現実にあるのです。例えば、2021年に発覚した住友ゴム工業での港湾の岸壁に設置する防舷材の検査不正がそれに該当します2)

 検査部門は不良品をはじくのが本来の仕事なのに、なぜその仕事ができないのでしょうか。それは、製造部門は社内での発言力が強く、検査部門は弱いからです。製品に何か不都合があっても、弱い検査部門は製造の都合に合わせるしかないのです。

 かといって製造部門が不正の元凶だとはいえません。製造部門にゆとりがないのは、経営方針が収益至上主義だからです。この観点で不正の構造をまとめると、「経営から生産重視の圧力が現場にかかり、現場が無理な目標をこなすために、立場の弱い検査部門で不正が起きる」と整理できます。図2はこのメカニズムをモデル化したものです。

図2 品質不正のメカニズム
図2 品質不正のメカニズム
(出所:安岡孝司)
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