工場はネットワーク管理者泣かせの環境といえるだろう。様々な産業機器が動作しているからだ。モーターなどは電磁波を発生させるし、大電力を使う機械があれば電源の電圧は安定しなくなる。今回のトラブルの舞台となったのは、こうした電波環境の厳しい工場だ。設備の稼働状況を監視するために、IoTデバイスによるスマート化に着手した。すると、IoTデバイスの無線LAN通信が不定期に途切れるトラブルが発生した。工場の電波環境は容易には変えられない。果たして、どのようにしてトラブルを解決したのだろうか。
低コストで工場をスマート化
鋳物部品の製造を手掛ける栗田産業は、130年の歴史を持つ老舗だ。トラブルが発生した工場では、工業用ロボットのアームなど、数tもある巨大な鋳物を製造している。
鋳造作業は溶かした金属を鋳型に流し込み、冷却させた後仕上げるという手順を踏む。このため工場には鋳型を作成するエリアと、鋳型に溶かした金属を流し込む注湯作業のエリアに加え、金属を溶かす電気炉や仕上げ工程で細かな砂や鋼材を表面に吹き付けて残った鋳物砂などを取り除くショットブラストなどのエリアがある。工場の全長は100mを超える。
同社は2019年12月、この工場の設備をリアルタイムで自動的に監視するシステムを導入することにした。いわゆる工場のスマート化である。もともと工場には進捗管理用のタブレット端末をつなぐために無線LANを導入していた。この無線LANを利用すれば、新たなインフラを敷設せずに工場をスマート化できると考えた。
また、同社では制御盤のメーターなどを目視で監視するためにWebカメラとIoTデバイスとしてRaspberry Pi(ラズパイ)を導入していた。制御盤のところまで行かなくても、遠隔からタブレット端末でメーターなどの値を確認できるようにしていた。これらも活用して低コストでのスマート化を目指した。
具体的には、メーターなどの画像を1分ごとに読み取ってラズパイで処理した後、無線LAN経由でクラウドサービスの「Ambient」に送って視覚化した。AmbientはIoT向けのデータ視覚化サービスである。REST形式のAPIを公開している。ラズパイをはじめとした各種マイコンボードを使って収集したセンサーのデータをJSON形式でAmbientに送信する。するとWebサイトの管理画面に棒グラフや折れ線グラフなどの形でデータを表示できる。
Ambientは無償で8チャネルのデータを登録できることや、様々なプログラム向けの登録用のライブラリーを公開している点などから、個人開発者からも支持されている。
ところが工場のスマート化は早々にトラブルに見舞われる。ラズパイとの無線LAN通信が不定期に途切れてしまうのだ。今回のプロジェクトにはAmbientの開発・運用を手掛けるアンビエントデーターの下島 健彦さんがコンサルタントとして参加していた。そのため下島さんがトラブルの解決に取り組むことになった。
トラブルの芽はスマート化の前から
実は今回のスマート化以前から、ラズパイとの通信が途切れる現象は発生していた。「一度途切れてしまうと、SSHなどを使ってリモートからラズパイにアクセスしても操作できなくなるので、現場に行ってラズパイを再起動していると聞きました」(下島さん)。
ただそれまではあまり問題にならなかったという。「メーターなどを目視するために使っていたので、通信が途切れればすぐに人が気付きます。そしてラズパイを再起動すればつながるようになったので問題視されなかったようです」(下島さん)。
しかしスマート化すると、人間が直接見なくなるので、止まってもすぐに気付かない。「月に数回程度」(下島さん)の頻度とはいえ、長期にわたってデータが届かなくなる恐れがある。そこで下島さんは工場の担当者と協力して、このトラブルの解決に乗り出した。