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 NTT東日本とNTT西日本が2024年1月以降、アナログ電話やISDNなど固定電話網(PSTN)を順次廃止する。産業界が電話回線を使ったデータ通信をインターネット網などに切り替えるなか、金融機関と企業が金融決済データを電話回線でやり取りする「全銀手順」の移行が遅れている。

 全銀手順は全国銀行協会が定めた業界標準で、企業と銀行間の口座振替依頼や入出金明細照会などのほか、銀行以外の企業間取引でも多く使われる。アナログ回線向けの「全銀ベーシック手順」のほか、現在はISDN回線を使う「全銀TCP/IP手順」の利用が大半だ。

 移行が課題となっているのは、企業の業務システムが金融機関へ決済データを自動送信するEDI接続の場合だ。主なユーザーは大量の口座振替依頼を扱うクレジットカードや保険、電力・ガス、地方自治体、収納代行企業、通信サービスなどで、NTTデータによればその数は国内約1万社という。

インターネット経由は広がらず

 銀行業界は当初、全銀手順に使う電話回線の有力移行先にインターネットを想定していた(図1)。全銀協は2017年5月にインターネット網や閉域IP網に対応させた後継規格「全銀TCP/IP手順・広域IP網」を公開。暗号化通信によりセキュリティーを確保できるとした。

図1●固定電話網を使った全銀手順の移行先候補は2つ
図1●固定電話網を使った全銀手順の移行先候補は2つ
金融機関と企業が金融決済データを電話回線でやりとりする「全銀手順」。その移行先には、インターネットを使う「全銀TCP/IP・広域IP網」と、NTTデータの専用回線サービス「AnserDATAPORT」がある。
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 だが採用は広がらなかった。一部の大手金融機関や大口利用者である地方自治体がセキュリティーリスクを懸念したようだ

 代わりに広がったのが、インターネットと隔絶した専用回線を使うNTTデータの「AnserDATAPORT(ADP)」。全銀TCP/IP手順・広域IP網を閉域IP回線で採用するが、回線の制約などから通信速度はインターネットより遅い。

 ADPも当初は、みずほ銀行が2016年に最初に採用したのが目立つ程度だった。銀行業界で採用が広がったのは、2019年12月にゆうちょ銀行が採用を決めた後からだ。

 NTTデータによると、金融機関の採用実績は2020年度末の14社から2021年度に76社、2022年度末に134社と、2021年ごろから急増した(図2)。NTTデータによると国内のほぼ全ての金融機関が採用する見通しで、2023年度中に160社超を見込む。

図2●AnserDATAPORTを使う金融機関が増えている
図2●AnserDATAPORTを使う金融機関が増えている
2019年12月にゆうちょ銀行が採用を決めてからAnserDATAPORTを採用する金融機関が増えた。NTTデータによれば国内ほぼ全ての金融機関が採用する見通しという。グラフはNTTデータへの取材を基に作成した。
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 つまり電話網の終了が3~4年後に迫る時期になって、銀行業界ではようやくISDN回線の後継の枠組みが固まったわけだ。企業の新規契約が本格化しだしたのは2022年からで、移行期間は実質2年弱しかない。「銀行各社の意思決定と移行着手は明らかに遅かった。流通や製造など他業界は早くからEDIの回線にインターネットを採用し、ISDNからの移行は最終段階に来ている」。インターネットEDI普及推進協議会(JiEDIA)の仲矢 靖之会長代理はこう指摘する。

 ADPはNTTデータから仕入れた各銀行が取引先の企業に提供する。導入を望む企業は銀行と既存のサービス契約を結び直し、さらに一般的な利用形態の場合はNTTデータの専用回線「Connecure」を導入する必要もある。

 「申し込みから金融機関とのシステム設定やテスト実施までと、テストエラー時の対応予備期間を含めた全体の工期で、最大6カ月を想定してほしい」。NTTデータの篠原 伸彦第三金融事業本部e-ビジネス事業部e-ビジネス商品企画営業担当課長はこう話す。同社によれば、契約件数(金融機関と企業の接続数)ベースで移行が完了した企業はまだ2割程度だ。

 移行手続きに着手した顧客は全体で8割程度の見通しだが、1~2割の顧客が申し込みを完了していない。みずほ銀行は利用企業の約57%がADPなど代替サービスに移行した一方で、説明や協議中などの顧客が約26%いるとする。「他の金融機関と移行時期を合わせてほしいなど、利用企業との調整に時間を要している」(三菱UFJ銀行)といった声もあり、移行作業が終了時期の間際に集中すると作業が間に合わない恐れもある。

 余波はEDIのシステムベンダーにも及ぶ。JiEDIAの仲矢会長代理は「EDIに対応できるSEが不足するなか、システム改修など業務発注が増えている。発注がさらに集中すると、企業が望む工期での作業が難しくなる」と危機感を訴える。NTTデータの篠原課長は「銀行各社やEDI業界と連携し、顧客企業への案内や円滑な移行支援に努めている。EDI業界とのセミナーなどで、残る企業への認知に取り組んでいる」と説明する。