身体性(Embodiment)という概念は古くから哲学において研究されてきた。起源をたどれば心身二元論などに行きつき、身体と心や知能がどのような関係にあるのかという問題は古くから語られ続けている。哲学では本質的な問題として扱われるがロボット工学では探究している研究者は比較的少ない。そもそもロボットには身体は必ずついてくるモノであり、あえて身体性などと曖昧な表現を使わなくとも別のより専門的な記述で十分議論ができる。筆者が最初にこの身体性の概念に出会ったのは博士課程のときで、指導教官が身体性認知科学の専門家だったことによる。機械工学で様々な物理現象を勉強してきた筆者にとっては、このざっくりした概念を始めて聞いたときには「一体この人たちは何を話しているのか?」という混乱と衝撃を受けたことを今でも記憶している。本稿ではこのなんとも捉え難い研究分野である身体性知能の最新動向を紹介する。
身体性知能の研究
「人間らしさ」や知能のような現象を理解するためには脳の構造・機能やそこで行われている情報処理を研究する必要がある。一般に人間の知能を特徴づけているものに意思決定、言語処理、行動計画、抽象化、学習、記憶、連想などの現象がよく言われる。そのため情報処理の原理を解明すれば「人間らしい知能」が実現できるのではないか、という発想は極めてまっとうであり、過去70年余りのコンピュータサイエンスや人工知能の歴史ではこちらが主流であった。近年の機械学習による様々なアプリケーションはこの延長線上で議論されており、ロボット工学の世界においても計算プロセスとしての人工知能が根源をつかさどり、そこに身体をくっつけるという考え方をする研究者が多い。「人間の脳のような素晴らしい情報処理システムがあればどのような複雑な身体でも制御してくれるに違いない」という発想は論理的には当然の帰結のようにも思える。