プロジェクトのリソースは潤沢でない場合が多く、体制や要員の問題がトラブルを招くリスクがある。プロジェクトのメンバーが想定した役割を果たせない場合、交代も視野に入れた対策が必要になる。PMOなどのプロジェクト支援組織は、邪魔な存在と考えるのでなく、味方につけることが大事だ。
プロジェクトチームのリソースや要員のスキルは、残念ながら充足しているとは限りません。多くのプロジェクトは、リソース不足やスキル未達を何とか補完しながらやりくりしていく必要があるのですが、そこにトラブルの芽が潜んでいます。
今回の事例は、炎上に至る前のちょっとした問題、違和感に焦点を当てています。体制・要員というプロジェクトの内部要因に起因するトラブルには、必ず兆候があって、それを放置すれば炎上につながります。
黙り込むのだけはやめて!
またフリーズだ。PL(プロジェクトリーダー)の大河内美弥は、内心叫んでいた。戸倉さん、見当違いでもいいから、何か言って。黙り込むのだけはやめて。
しかし、SEの戸倉修人は、ユーザーの富樫主任を見つめたまま、黙していた。あまりに長い沈黙に、むしろ富樫主任のほうがどぎまぎし始めた(図1)。
「いえ、ちょっと質問させていただいたんですけどね」
その通りだった。富樫主任は普通に質問をしただけだ。「申上された単票を稟議回付中に、議裁すべき役職者が離任した場合、どうなるのか」と。思いもよらなかった戸倉の沈黙に、この場をどうしていいか分からなくなった富樫主任は、さらに言葉を添えた。
「変更したいという話ではありません。現在の仕様がどうなっているのか、確認したいだけなんですよ」
それでも、戸倉は前を向いたまま固まっている。たまりかねた大河内が、口を挟んだ。
「役職者がロール定義されている場合、異動反映が終わってから前ノード処理が行われれば、新役職者が承認できます。その前に前ノード処理されていたら、引き戻す処理が必要です。戸倉さん、合ってるよね」
戸倉はおずおずとうなずいた。
「えーと、あー、多分そうです」
「念のために仕様を確認しておいてね。一方、ロール定義ではなく申請者がノード追加をした場合は、離任者のところで滞留することになります。そうだよね?」
大河内の言葉を理解した戸倉がうなずく。大河内は富樫主任のほうに向き直って言った。
「いずれにしても、異動や退職などによる離任が絡む場合、発令日をまたいだ稟議回付にならないように運用することが必要になるかもしれませんね」
富樫主任が安心したようにうなずいた。
「大河内さんにセッションに出ていただけると本当に助かります。次回も出席いただけるんですよね」
回答を避け、次の質問事項に話を持っていきながら、大河内はため息をついた。戸倉の「フリーズ」は有名だった。パッケージに詳しく、基本設計から参画できるメンバーという触れ込みで協力会社からアサインしたのに、これまでのところうまく働いてくれていない。確かにパッケージには詳しいのだが、顧客の業務遂行という観点で、セッションをリードできないのだ。
どうも、業務の観点からパッケージをどう使うのかというイメージがうまくつかめないらしい。だから、簡単な質問にも立ち往生することがある。「ノード」「分岐」「合流」「承認」「引き戻し」といったパッケージ用語で仕様を説明することはできても、「稟議」「申上」「回付」「議裁」といった顧客特有の用語や、「離任」といったパッケージ外の概念が絡んでくると、どう答えていいか分からなくなるようなのだ。
分からなければ分からないと答えるなり、詳細な説明を求めるなり、いくらでも応じようがあると大河内には思えるのだが、生真面目な戸倉には、それも難しいらしい。圧力をかわせずにフリーズしてしまうのだ。
書記としてセッションに出ている新米SEの小沢が心配して、一度様子を見てくれと大河内に要請してきたのだが、想像以上にまずいことになっているようだ。
富樫主任は、助けを求めるように大河内を見ている。
「事後回付先が確認を怠ったとしても、議裁自体は有効に完了すると考えていいですね」
富樫主任の質問に、大河内は自ら答えた。
「はい。それで結構です。御社の規定上、事後回付は決裁後という建前ですから、それに合わせられます」
ほっとした顔の戸倉に視線を送りながら、彼女は思った。この調子では、富樫さんの不満が爆発するのも時間の問題だわ。