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ヤフーでのモバイル開発など多彩な経験があり、ソフトウエア業界に広い人脈を持つ荻野淳也氏。現在は、珈琲専門 猫廼舎(ねこのや)という喫茶店の店主としての仕事に軸足を置きつつある。ソフトウエア開発と喫茶店店主、2つの仕事への想いを聞いた。

(聞き手=大森 敏行)

学生時代からソフト開発会社で受託開発を手掛けていたそうですね。

 1993年4月に東京都立大学(現在の首都大学東京)の数学科に入学し、大学ではずっとパソコン通信にのめり込む日々でした。パソコン通信の仲間にはプログラマーが多く、彼らから技術をいろいろ教わりました。近所のファミレスに何時間も陣取って、オブジェクト指向について教えてもらったりしていました。

 4年生のときに本格的なプログラミングのアルバイトを始め、修士2年のとき、大学院に在籍したままその会社の正社員になりました。この会社では業務システムの受託開発をたくさん手掛けていて、要件定義の仕方や受託開発の基本などを鍛えてもらいました。何種類ものプログラミング言語を使っていたので、言語が多少変わってもすぐに習得できるという自信も付きました。

 当時一番好きな開発環境は、自分で所有していたNeXTとそのプログラミング言語のObjective-Cでした。しかしこれらを使う仕事は会社にはありません。そこで会社を辞め、NeXTのWebアプリケーションフレームワークであるWebObjectsで仕事ができる場を自ら作りました。NeXTのユーザー会で知り合った仲間と、ガラパゴス・システムズという会社を立ち上げたのです。

 WebObjectsを使ったシステムをいくつか手掛けるなかで、重大な失敗プロジェクトを経験しました。ある学校の学内システムを全部作り替えるプロジェクトで、システムが完成せず、納品できなかったのです。

 簡単に言うと、自分が未熟でした。個々のプログラムを書くことはできても、大きな絵を描いてアーキテクチャーを作り、それをきちんと進めていくことができませんでした。

 この経験をきっかけに、2004年末にガラパゴス・システムズを辞めました。自分の仕事のやり方を見直したいと思ったのです。ガラパゴス・システムズでも大学院に在籍しながら働いていたのですが、大学院は退学しました。

 その後は2005年10月にヤフーに入社しました。検索機能を提供するチームで、モバイルを担当しました。

それまでのベンチャーとは異なる大企業に入った理由は。

 ヤフーに入った目的は2つありました。1つは、巨大なユーザーベースをどうやって処理しているかを知ること。もう1つは、自分は普通の会社で仕事をしたことがなかったので、巨大な組織がどのように成り立っているのかを知ることです。

 ヤフーは楽しかったです。ちょうどソフトバンクモバイルの立ち上げ時期だったので、携帯電話からのアクセスがすごく伸びていました。その対応がすごく楽しかった。

 同時に、自分は大組織には向いていないとも思いました。ヤフーという会社はとてももうかっていて、絶対につぶれません。その中で存在感を出すのは本当に大変でした。