PR

ECサイト最適化請負人と位置付け

 ヤフーを2007年7月いっぱいで辞め、Webサービス企業のコントロールプラスを経て、2009年から空飛ぶという会社で仕事をしました。mixiアプリのシステムを担当し、私は爆発的なアクセスをさばくためのアクセス処理職人のようになっていました。データベースをチューニングしたり、サーバーサイドのプログラムを見直したりしていました。

 空飛ぶはその後ソーシャルゲームを手掛けることになり、私はあまり興味を持てなかったので辞めました。

 その後フリーランスのエンジニアとして注力していたのが、ECサイトの検索エンジンの開発です。いろんなECサイトをチューニングして売り上げを上げることに熱中していました。自分をECサイト最適化請負人と位置付けていました。

 負荷分散の仕事では、当時まだそれほど一般的ではなかったAmazon Web Services(AWS)をいち早く使っていました。逆に、コストを考慮してオンプレミスに戻すこともあります。そうしたことをかなり自由自在にできたのが自分の強みでした。

エンジニアの仕事と喫茶店の経営をどう両立させているのですか。

 2015年に新しい事務所を借りることになり、見つけたのが今の喫茶店のスペースです。元は居酒屋でカウンターやキッチンがあるので、打ち合わせに来た人にカウンターで本格的なコーヒーを出していました。そのうち「いっそのこと店にしてしまえ」と思い、2015年4月に「猫廼舎」という喫茶店として開店しました。

 もっとも、その頃はまだ完全に片手間でした。お客さんが来ても来なくてもいい。もしお客さんが誰も来なかったら、その時間は、受託で受けている仕事ができるからです。

 しかしこれは裏を返せば、どっちつかずで悪い状態だともいえます。今は真剣に飲食店としてやりたいと思い始めて、エンジニアの仕事量を絞っています。細かい仕事を除けば、現在の大きな仕事は、小学館の文芸メディアサイト「小説丸」だけです。このサイトを、1人Web制作会社として丸々担当しています。

 店を始めたときは、ちょうど40歳でした。振り返ってみると、自分にはプログラマーとして大したキャリアがないと感じています。今後のキャリアを考えるうえで、得意技のないエンジニアがどうやって生きていくかと真剣に悩んでいました。そして、エンジニアとして今から得意技を作るよりも、コーヒーの職人になりたいと思ったのです。

 ソフトウエア開発では、新しい技術を習得してもすぐに陳腐化してしまいます。この業界でやっていくためには、大量の時間を投入してその世界に没入する必要があります。

 それを少しだけ諦めて、エンジニアの業界で何が起こっているかを片目で見ながら、自分が極めたい別のことに時間を使うことにしたのです。エンジニアも飲食業も片手間でできることだとは思わないので、どちらもうまくいかなくなる可能性はあります。しかし、できる限りやってみようと思っています。