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HーIIBロケット搭載のOSを開発

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 未踏が終わった後は、情報家電向けのソフトウエア部品を開発していました。ネットワーク通信にはオブジェクト指向のHORBというプロトコルを使っていました。HORBはJavaで作られた分散オブジェクトの通信基盤で、高速な動作が特徴です。産業技術総合研究所(産総研)の平野聡さんが開発したものです。

 2002年頃に平野さんにお会いして、未踏での成果をもっと大きくしてみたいという話をしたのがきっかけで、産総研の客員研究員になりました。HORBをメインに、2年くらい産総研で開発をしていました。

 JAXAと共同で宇宙機(いわゆる宇宙船)のシミュレーション環境のフレームワークも開発しました。HRPカーネルというHーIIBロケットに採用されたリアルタイムOSの開発にも取り組みました。

その後、会社の倒産も経験していらっしゃいます。

 経済産業省が実施するサポイン(戦略的基盤技術高度化支援事業、サポーティングインダストリー)に採択された事業が、倒産のきっかけでした。自動車のECU(Electronic Control Unit)のデバッグ用インタフェースを仕様として確立するという事業です。アドバイザーとして、アイシン精機、デンソー、トヨタ本体、富士通と大企業がずらりと並んでいました。もなみソフトウェアの企業規模からするとかなりの賭けであり、普通はないことです。

 しかし、採択が決定して契約説明会の段階になって経済産業省が「企業代表者の作業については時間単価は0円とする」と知らせてきたのです。どうやら前年に社長の単価を不当に釣り上げた事例があったのが原因のようでした。この事業には社長の私もがっつり開発に取り組んでいました。その人件費がゼロになってしまったのです。資金がショートして、倒産に追い込まれました。

 ただ、2012年くらいにもなみ屋という別の会社を設立し、ソフトウエア開発自体は続けることができました。オープンソースソフトウエアを扱っていたのが不幸中の幸いだったのです。商用ソフトウエアは会社の資産になるため、資産として取り上げられてしまうと事業を継続することは不可能でした。

 もなみソフトウェアは、受託で指定された場合を除きほぼ全ての開発環境をオープンソースでそろえていたので、もなみ屋の立ち上げの際には環境構築コストを低く抑えられました。会社は消えても、引き続きソースコードの利用や新規の保守契約が可能で、利用者への迷惑を最小限に抑えられました。オープンソースのリスク耐性を身をもって知りました。

 自分は割と好きなことをずっとやり続けてきました。今のところ嫌で嫌でしょうがないことを無理にやらされたことはありません。ころころ仕事を変えながらなんとか生かしてもらってきたのは、ありがたい話だと思っています。