プロジェクトは総合テストに入り山場を迎えていた。これまでは主に各チームで開発を進めてきたが、結合テストの段階で認識の違いや作業漏れが多数判明したのだ。
移行リーダー大山:このままでは移行テストができません。
開発リーダー高野:単体テストは問題ないので、データかデータベースの問題でしょう。
インフラリーダー八木:データベースは開発チームに聞いた通りの仕様で開発しています。
大山:予定通りの性能が出ていないし、移行プログラムもエラーが多発しています。

原川のプロジェクトでは今、各チームのリーダーが集まり、議論が白熱している。プロジェクトが逼迫し追い込まれてくると、誰もが余裕がなくなって、自分たちの作業をこなすことで精いっぱいになり、もめ事が発生しやすくなる。
原川は、メンバーの主張を冷静に聞いて、整理することにした。
原川:みなさん、ちょっと待ってください。何が不満なのですか。なぜこうなっているのですか。
八木:障害の多くは設計の誤りで、我々では対処できません。
大山:設計時点でお願いしたユーザーの調整ができていないのです。
高野:ユーザーは調整済みなはず。きちんと確認していないのでは。
メンバーからは、それぞれの立場や役割に基づく不満や要求が繰り返されるだけ。対立の溝が埋まりそうもない。
隙間は必ず生まれる
大勢のメンバーが働くプロジェクトでは、必ず役割分担が発生する。
昨今、プロジェクトは環境が複雑になり、変化のスピードも早くなっている。プロジェクト期間中に要件が変化するうえ、新たな作業も次々と発生する。
以前よりも作業漏れや考慮漏れが発生しやすい環境となり、役割と役割の間の作業、つまりプロジェクトに隙間が発生しやすくなっているのだ。隙間は隙間風が吹く程度であれば埋められるが、放っておくと亀裂や断崖絶壁にまで広がり、埋めることは困難になる。
「隙間が大きくなる前に早くメンバー間のもめ事を解消しよう」。メンバー間で問題が発生した際、プロジェクトマネジャーは対処方法をまず考えがちだ。
一方で、プロジェクトでもめ事が発生しやすいのは、プロジェクトの状況が深刻で危機感が強まったときだ。こうしたタイミングでプロジェクトマネジャーが、感情的に対立しているメンバーの非難合戦に全て耳を傾けるのは現実的でない。
ではプロジェクトマネジャーはどのように振る舞えばいいのだろうか。リーダーシップを重視するプロジェクトマネジャーであればプロジェクトを進めるために、具体的な指示を下したくなるだろう。
しかしここでプロジェクトマネジャーが指示を下すとしてもメンバーの不満は解消されず、かえってプロジェクトの生産性を落とす可能性がある。1つひとつ細かく指示を出すとプロジェクトマネジャーの負担も増加する。
メンバーも繰り返し指示を受けると、「自分が責任を持って仕事をやりとげる」という意識が希薄になってしまう。やがては「指示が出た以外のことはやらない」「進まないのは指示を出さないプロジェクトマネジャーが悪い」といった思考に陥る可能性がある。プロジェクトマネジャーの強硬な指示や、指示の乱発は、メンバーの自律性を損なう危険性があるのだ。