トレードオフの関係にある品質と進捗の両方に問題が発生した。まずはいったん立ち止まって品質問題の原因を分析し、対策を施す。スケジュールやリソースの見直しは、品質対策の中で調整するのが効果的だ。
Before
問題は、進捗と品質の両方です
プロジェクトマネジャー(PM)の田村玲奈は、キーボードをたたきながらいら立っていた。もう午後2時を過ぎているのに、昼食も取れていない。つまり、血糖値が下がって怒りっぽくなっている。そこへもってきて、斜め前のデスクに座った柳川グループ長の調子外れの鼻歌が、気に障って仕方がない。
曲は、70年代後半、つまり40年も昔の流行歌だった。玲奈もカラオケボックスで聞いたことがある歌で、男女の三角関係をテーマにしたものだ。
玲奈は、進捗報告書の作成に集中しようとした。担当している「カミヤ工業経理システム再構築プロジェクト」は今、あまりうまく進んでいない。いや、はっきり言って、もがいているといってよかった。
もともとの引き金は、上流工程の品質問題である。外部設計工程での設計レベルが不十分なことは、玲奈にもわかっていた。要件確定が遅れに遅れたことに加えて、上流工程の要員が不足して、十分なレビューを実施できなかった。それでも、早く詳細設計を立ち上げなければ、納期を守ることはできない。そこで、カミヤ工業の中谷主任と相談の上で、五月雨式に詳細設計を開始することにしたのだ(図1)。
カミヤ工業側の発注手続きの都合で、外見上は外部設計工程をいったん終わらせた形になった。
だからといって、楽になるはずはなかった。詳細設計工程は、立ち上がった瞬間から遅れ始めた。五月雨でと言いながらも、外部設計がきれいに確定しているわけではなかった。そのため、設計内容の曖昧さから問い合わせが多数発生したのだ。
外部設計の担当者は、多くの問い合わせに即答できず、顧客宛ての再確認と再設計が頻発することになった。いわゆる「手戻り」だ。
ようやく、柳川グループ長の鼻歌が止んでほっとしたところで、今度は能天気な声が降ってきた。
「結局問題はさぁ、進捗なんだっけ。それとも品質なんだっけ?」
玲奈は、とがった声で叫び返した。
「両方ですっ!」
「ふーん。そっか」
またグループ長の鼻歌が始まって、玲奈は髪をかきむしりたくなった。
詳細設計の遅延を解消できないまま、実装も五月雨式で進み、今月から情報システム部門による先行検証がスタートした。本格的なユーザー受け入れテストに向けた操作の習熟と、ユーザー教育用マニュアル作成のためのプレテストだ。
テスト対象は、何とか実装を終えたメインの処理回りに限定されていたにもかかわらず、ここで、品質問題が一気に表面化した。何とか間に合わせるために、内部レビューや上位ドキュメントの確認・修正をなおざりにしたツケが回ってきたのだ。
情報システム部門の中谷主任からは、「外部設計事項が反映されていない」「プロダクトごとの詳細設計がバラバラ」「修正した外部設計書の記載が誤っている」といった手厳しい指摘が次々に舞い込んできている。その状態で進捗報告書を書かなければいけない田村玲奈の苦労をよそに、柳川グループ長の鼻歌はのどかに響き渡る。それどころか、ついに、歌詞まで飛び出してきた。
「ふんふふん、ぜったいぜつめーいっ」
「柳川さん!」
玲奈はついに耐え切れなくなって、大声を出してしまった。
「静かにして下さい。テンパってるんですから」
「そうそれ」
鼻歌をやめたグループ長が、真顔で答えた。
「あなたはテンパってる。それがいけないんだよね」
玲奈は、奥歯をかんでこぶしを握りしめた。一体全体、柳川さんは何を言いたいわけ?今、このわたしに、どうしろって言うの?
玲奈さん、かなりせっぱ詰まっているみたいですね。彼女はこれまで、進捗管理や品質管理、リスク管理について、柳川グループ長の下で経験を積んできました。しかし現実のプロジェクトでは、進捗管理なら進捗管理の課題だけが、単独で浮上するわけではありません。同時多発的に複数の課題が持ち上がってしまうのが、生きたプロジェクトです。
今回から、相互に「トレードオフ」の関係にあると言われる2つの管理項目を対象に、発生した問題をどう解決していけばよいかを解説していきます。今回は進捗と品質について取り上げます(図2)。
トレードオフとは、あちらを立てればこちらが立たず、という関係を意味します。品質対策を取れば進捗がますます遅れ、進捗を稼ごうとすればますます品質にしわ寄せが行く、という意味です。
だからこそ、グループ長の口から三角関係の歌がこぼれ出たのでしょう。しかし、そんな鼻歌を歌われては、PMのいら立ちはつのるばかりになるのも無理はありません。
一体、これからどうしたらいいのでしょうか。そもそもなぜ、こうなってしまったのでしょうか。玲奈さんと一緒に、現時点での対策と再発防止策に分けて考えてみましょう。