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シェアすることが大切な2つの理由

 では、なぜITの現場においてはシェアすることが大切なのだろうか。理由は2つある。

 1つは、システムを構築するプロセスやシステムそのものが物理的に見えにくいという問題をITの現場が抱えているからだ。例えばスイセー社の木元課長の発言は、あらかじめ「拡張性」に関わる非機能要件を明確にしていなかったために飛び出したのだ。しかしながら、非機能要件は最初から明確になっているとは限らない。むしろ曖昧なことも多い。どのような拡張を想定しているのかは、お互いの考えやイメージをシェアしないと分からないのだ。

 もう1つの理由は、関係者のベクトルを合わせていく必要があるからだ。システムの開発や運用にはいろいろな関係者が関わる。それぞれの立場や考えがあるから、向いている方向(=ベクトル)が必ずしも一致しないことも多い。土屋君のケースでも、スイセー社やドセイシステムがそれぞれの立場や利害を優先したままだと、このプロジェクト自体がうまくいかないことは明白である。

 そのため、お互いの立場や個別利害を超えた、より大きな目的意識、共通のゴールが必要なのだ。ベクトルを合わせるとは、共通のゴールをつくることであり、それぞれが考える優先順位を同じにするということでもある。そして、ベクトルを合わせていくためには、それぞれが考えていることや思っていることをシェアしていく必要があるわけだ。

 では、何をシェアしたらよいのか。土屋君の物語の続きを見てみよう。

何をシェアするか、それが問題だ

 翌日、土屋はスイセー社の機能追加の要望について、パートナー会社のドセイシステムの担当者と打ち合わせた。結果、作業そのものについては合意できた。しかし、追加作業分の工数増を要求するドセイシステムと、工数削減方法を検討してほしいという土屋が、主張を譲らず平行線のままに終わった。

 土屋は、水田課長に経緯を報告した。すると課長から「調整になってない。もっと相手の真意を探らないとだめだ」と叱られてしまった。

 ランチの時間に土屋から事情を聞いた金城は、意外にも手厳しい言葉を土屋に投げ掛けた。

「土屋君もずいぶんワガママね。以前、発注元のスイセー社に言い含められそうだって愚痴を言っていたけど、ドセイシステムに土屋君がしているのって全く同じことじゃないの」

 土屋はムッとした。図星だったからである。「確かにそうかもしれないけど、こちらの事情もあるし、仕方ないよ。このままだと、うちが損することになるんだから」

「そもそも、スイセー社に言い含められそうって、本当なのかしら。土屋君の思い込みのようにも聞こえるけどね。スイセー社とうまく調整できないしわ寄せを、ドセイシステムに押しつけているようにしか見えないわよ」

 金城はさらにたたみ掛けた。「そんなコミュニケーションのやり方ではリーダーとして失格よ」

 しばらく沈黙が続いたあと、金城が再び口を開いた。

「コミュニケーションって、ただ言い合えばよいってものではないんじゃない。大切なのは、ウォンツじゃなくてニーズを確認し合うってことじゃないの」

「ウォンツとニーズか…」

「そう、ウォンツは簡単に言うと、要求や条件、主張つまり言い分のこと。ドセイシステムとの件で言うと、土屋君が見積工数削減をお願いしたことね」

「じゃあ、ニーズは?」

「目的、理由、思惑や懸念などのことよ。広い意味で言うと本音とも言うわ」

「…なるほど」

「土屋君はスイセー社やドセイシステムやニーズをどれくらい確認しているの」

「確認しなくても分かるよ。スイセー社は予算を守りたい。ドセイシステムも利益確保が本音のはずだよ」

「それって土屋君の思い込んでいるニーズでしょ。確かにそれもあると思うけど、ほかにもいろいろ考えられるんじゃない」

 土屋は黙り込んだが、なかなか考えつかなかった。

「じゃ、話は変わるけど、土屋君がスイセー社に言い含められたくないのはなぜ?」

「もちろん、相手の要求をのんでしまうと、こちらの利益が減るからさ」

「ほかには?」

 土屋はしばらく考えてから口を開いた。「利益のことはもちろんだけど、今の段階で機能を追加すると品質の担保も難しくなるし、人員の確保も難しい。それに、無償で引き受けてしまうとメンバーに示しがつかないし、メンバーの士気も落ちかねないし」

 金城は土屋の話を聞いて、笑いながら言った。「スイセー社の木元課長にも同じようにいろいろなニーズがあるとしたらどう?」

 そう言われて、土屋は顔つきが変わった。何かに気づいたようだ。