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 (2)コミュニケーションを「整える」

 「整える」とは、お互いの解釈や固定観念を理解して、相手と話し合いができるようにコミュニケーションの取り方を工夫することである。

 コミュニケーションにおいて行き違いを生む元凶は、お互いの「事実」が異なることだ。土屋君にとって事実とは「スイセー社は現行予算内で機能追加を要求してきている」ことである。一方、スイセー社の木元課長にとっては「カセイシステムが拡張性を考慮せずに設計した」のが事実である。

 最初からニーズが共有されれば起こり得ないが、相手のウォンツしか見えないと、お互い見えている事実も違ってきてしまう。そうなるとウォンツの共有でさえも難しくなってしまうことがある。

 お気づきのように、事実とはその人の解釈を通した事実でしかない。事実をベースに話すことは大切だが、もっと大切なのは、その事実を作り上げている解釈や固定観念を理解した上でコミュニケーションを取ることである。そして「人は誰でも自分が正しいと思っている」ことも覚えておいてほしい。その人にとっての事実(=自分の解釈を通した事実)は、その人にとっては正しいのである。

 ちなみに「相手の立場に立つ」ことを英語では、「put yourself in their shoes(相手の靴の中に入る)」と表現するそうだが、他人の靴を履いてみたことのある人はその違和感を容易に想像できると思う。その努力をすることで、相手のニーズを理解、共感することが可能になるのである。

 (3)変化を「紡ぎ出す」

 最後の「紡ぎ出す」とは、糸を紡ぐように要素を絡み合わせて作り出すことである。お互いのウォンツやニーズという糸を紡いで、そこから何かを生み出すことを意味する。言葉で言うのは簡単であるが、紡ぎ出すと表現しているように、時には忍耐を要する作業でもある。

 そのための1つのヒントとなるのが、自分の視点を変えて、コミュニケーションを捉え直して見ることだ。具体的には「vs.(バーサス)」から「&(アンド)」に視点を変えてみる。ウォンツvs.ウォンツというやり取りを、ニーズ&ニーズのやり取りに捉え直してみる。そうすることで、新たなものを紡ぎ出すことが可能となる。

 土屋君の例で言うと、スイセー社のウォンツは「現行予算内での機能追加」であり、カセイシステムのウォンツは「機能追加による工数増」である。お互いのウォンツは対立状態、すなわちバーサスである。このバーサスの捉え方を、お互いのニーズに着目することでアンドのとらえ方に視点を変えるのである。

 前述したが、スイセー社のニーズが「競合の動きに対抗するための機能追加」であり、カセイシステムのニーズが「開発人員を確保したい」というニーズだとする。そう捉えて、この2つのニーズを共に満たす方法を検討することが、今までにないものを紡ぎ出すことへとつながっていくのだ。

「現場を変えていきたいのは誰なの」

 土屋は金城の話を聞いて「なるほど」と思うと同時に、取り組むにはハードルが高いとも感じた。「すごく勉強になったよ。でも、ハードル高いなあ」

「どんな手段や方法も、知ってるだけじゃ意味がないのよ。実際にやってみることが大切よ」

 煮え切らない土屋の態度に、金城が土屋の目をじっと見つめて言った。「土屋君、現場を変えていきたいのは誰なの」

 その問いかけで土屋の表情が変わった。

「やっと覚悟ができたみたいね。じゃ、最後にうまくいかせるためのコツを伝えるね」。そう言って、金城は語り始めた。

「まずは、自分から始めること。始めるに当たっては、誰にも説明する必要はないわ。ただやるの。役に立つことが分かれば、ほかの人も勝手に真似するし、仲間も増えていくわ」

「2つめは、結果を期待しないこと。結果を期待すると、苦しくなって続かないのよ。ただやりたいから愚直にやり続ける。その方が長続きするしね」

「そしてもう1つのコツは、土屋君自身が楽しむことよ。実は、この3番目が一番大事。人は楽しそうな人に寄ってくるのよ。楽しそうじゃない人、大変そうな人には誰も寄ってこないわ」

 土屋は金城がなぜ周りから慕われるのかがが分かったような気がした。ここから土屋の現場での試行錯誤が始まった。

大坪 タカ(おおつぼ たか)
オイコス メンター
大坪 タカ(おおつぼ たか) 資生堂において、ITの企画開発から運用まで幅広く経験。その後、ITコンサルティング会社を経て独立。IT企業をはじめ、多くの企業のリーダー育成や組織変革に携わる。国際コーチ連盟日本支部理事としてNPOの運営にも携わる。PMP、交渉アナリスト、PCC(認定プロコーチ)
高柳 謙(たかやなぎ けん)
オイコス メンター
高柳 謙(たかやなぎ けん) 企業におけるエンジニア研修の内製化の支援を手掛ける。現場の課題解決と実験の場として研修を位置付けて、現場で生きる学習を提供。研修・内製化支援はファシリテーションを用いてチーム・組織開発へとつなげている。Management3.0認定ファシリテーター、認定スクラムマスター(CSM)