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 ノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学の天野浩教授と金沢工業大学の伊東健治教授らは2020年9月23日、無線を使って離れた場所の機器を充電する「ワイヤレス給電」の電力変換効率を大幅に高める技術を開発したと発表した(図1)。従来の3倍となる電力を無線で受け取れる。2022年度までに飛行中のドローンへの充電の目安となる入力10W規模のワイヤレス給電の実現を目指す。

図1 名古屋大学未来材料・システム研究所の天野浩教授
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図1 名古屋大学未来材料・システム研究所の天野浩教授
(出所:名古屋大学の配信動画をキャプチャー)

 新たに開発したのは、数mから数km以上先までのワイヤレス給電が可能なマイクロ波を使った受電システムだ。2つの技術を新たに開発し、ワイヤレス給電の送電能力を大幅に高めた。

 まずは整流回路の回路部と受電アンテナの一体化である。マイクロ波を使ったワイヤレス給電は、送電アンテナからマイクロ波を放出することで遠距離であっても給電できる点が特徴だ。現在主流のコイルを用いた電磁誘導方式のワイヤレス給電は、給電距離が最大でも数十cm程度と短い。

 ただマイクロ波を使ったワイヤレス給電は、電波を電力に変換する際の効率が悪いという課題があり、これまで実用化が進まなかった。今回、金沢工業大工学部電気電子工学科の伊東健治教授は、マイクロ波を直流電流に変換するアンテナと整流回路を一体化することで電力の損失を防いだ(図2)。従来アンテナで受けた電波を電力に変換する効率は70%程度だったが、世界トップクラスの93%(入力1W時)に高めた。

図2 アンテナと整流回路の一体化で効率9割を実現
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図2 アンテナと整流回路の一体化で効率9割を実現
受電アンテナとダイオードで構成する新開発の受電レクテナ。外径寸法は32×11mm。(出所:金沢工業大学)

 従来のマイクロ波給電では、交流のマイクロ波は送電アンテナから受電アンテナに伝わり、整流回路で直流に変換される(図3)。整流回路は電圧昇圧などの役割を担う回路部と、交流を直流に変換するGaAs(ヒ化ガリウム)の整流ダイオードで構成しているが、これまで電流が回路部を通ることで効率が大きく低下していた。

図3 マイクロ波給電の仕組み図
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図3 マイクロ波給電の仕組み図
電流が整流回路を通ることで効率が大きく低下していた。(出所:金沢工業大学)

 もう一つの新たな技術は、名古屋大学未来材料・システム研究所の天野浩教授が開発した、高速・低雑音性に優れたHEMT(高電子移動度トランジスタ)構造を利用したGaN素子だ(図4)。

図4 既存GaN素子(ショットキーバリアダイオード)の3倍の受電電力を実現
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図4 既存GaN素子(ショットキーバリアダイオード)の3倍の受電電力を実現
天野教授はHEMT構造を利用したゲーテッドアノードダイオード(写真右の液晶画面)を開発した。(出所:名古屋大学)

 これまでマイクロ波を使ったワイヤレス給電で使われてきたGaAsの整流ダイオードは、耐電圧に制限があるため、入力10W規模の電力の整流は難しかった。GaAsダイオードをHEMT構造を利用したGaN素子に置き換えることによって、ドローンへの応用も視野に入る入力10W規模の電力伝送が可能となる。天野教授が開発したHEMT構造を利用したGaN素子は、これまで開発されてきたGaN素子と比較して受電電力が3倍になったという。

 本研究は内閣府の主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環で、天野教授などの大学グループが基盤技術を開発し、東芝などの企業グループが人体への安全性確保などの実用化に向けた課題解決を目指している。伊東教授は入力10W規模の実験時期について、「22年度までにはやり遂げたい」と語った。