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 スウェーデン王立科学アカデミーは2020年10月6日、同年のノーベル物理学賞に英オックスフォード大学の名誉教授であるRoger Penrose氏、独マックス・プランク研究所のReinhard Genzel氏、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のAndrea Ghez氏の3人を選出したと発表した。受賞理由は、ブラックホールの形成過程を1965年に数学的に示したこと(Penrose氏の論文)と、1997~1998年に我々の銀河(天の川)中心部に太陽質量の約260万個分の巨大な重力源があることを観測で発見したこと(Ghez氏の論文、Genzel氏の論文が引用されている)についてである。

2020年ノーベル物理学賞の受賞者。左からRoger Penrose氏、Reinhard Genzel氏、Andrea Ghez氏
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2020年ノーベル物理学賞の受賞者。左からRoger Penrose氏、Reinhard Genzel氏、Andrea Ghez氏
(出所:ノーベル物理学賞発表のYouTubeよりキャプチャー)

 Penrose氏の受賞理由は、上述の論文で、星が重力崩壊するなど幾つかの条件を満たせば、ブラックホールになることが不可避であることを理論的に示したことだ。

「解」だけでは実在性を言えない

 ブラックホールは18世紀にはその存在が予測され、1916年にはアインシュタインの重力方程式の「解」が、そうしたブラックホールとして解釈できることも知られていた。

 ただし、それだけではそのブラックホールが実在することを示したことにはならない。物理学の方程式の解には実在しえないものや(瞬間的にはあり得ても)安定的ではないものが多数あるからである。ブラックホールについても、実際の星がそのような解に遷移し得るかどうかには長い間、議論があった。

 Penrose氏は、星の重力崩壊過程では星を形成していた物質が最終的には「特異点(singularity)」と呼ばれる、時空を定義できない点に集まることが不可避、つまりは事実上のブラックホールが形成されることを数学的に示した。

 Penrose氏は数学や物理学の非常に多くの分野で画期的な業績を残してきたことで知られる。「彼は数多くの天才科学者の中でもずば抜けた天才」と評価する研究者もいる。今回の授賞理由は、上述の1965年の単著の論文といえるが、1970年にStephen Hawking氏との共著「The singularities of gravitational collapse and cosmology」を出版したことで、後に「ペンローズ・ホーキングの特異点定理」と呼ばれるようになった。もし、Hawking氏が存命であれば今回受賞した可能性が高いといえる。

 この特異点という言葉は、最近提唱された、人工知能(AI)が人間に代わって歴史を作る「技術的特異点」の言葉の元にもなった。

観測事実は20年超の積み上げが貢献か

 ただし、ノーベル物理学賞は多くの場合、理論だけでは受賞できず、実験または観測によって存在が実証されて初めて評価されるという例が多い。今回、スウェーデン王立科学アカデミーはその最初の実証例として、銀河中心の巨大重力源の発見を挙げた。ただし、これもブラックホールの周囲を回る星の動きから間接的にその存在が推測できるという例である。

 ノーベル物理学賞の授与がその観測から22年後となったのは、王立アカデミーがブラックホールというあまりにエキゾチックな対象の存在証明として、1つの間接証拠だけでは弱いと考えたからかもしれない。ただ、その後、多数の銀河の中心部に同様な巨大重力源があることが知られるようになった。

 2017年にはノーベル物理学賞の受賞対象となった、中性子星同士の衝突によってブラックホールが生まれる過程を重力波で観測できた。そして、2017~2019年には国立天文台 教授の本間希樹氏を含む国際的チームであるEvent Horizon Telescope Collaborationが、ブラックホールの写真撮影に成功した。こうした観測事実を地道に積み上げてきたことも今回の受賞に貢献していると考えられる。

Event Horizon Telescope Collaborationが2019年に発表した、乙女座銀河団の巨大銀河中心部のブラックホール画像
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Event Horizon Telescope Collaborationが2019年に発表した、乙女座銀河団の巨大銀河中心部のブラックホール画像
(出所:Event Horizon Telescope Collaboration)