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高効率化とスケールアップを同時に実現

 豊田中央研究所は10年以上前からCO2の再資源化技術として、人工光合成技術の研究を続けてきたとする。当初の発表は2011年で、当時の変換効率は0.04%。2015年にはほとんどの植物を上回る4.6%にまで高めた。ただ、セルは1cm角と小さかった。今回の7.2%は「世界最高水準」(豊田中央研究所)で、セル(電極)の寸法を36cm×36cmと大幅にスケールアップした装置を用いている。既に次のステップとして同1m×1mという大型システムの開発を進めていることも明らかにした。

電力からギ酸への変換効率は約50%

 これまで人工光合成といえば、光触媒に光を照射して水を分解すると同時に電子を励起し、その電子でCO2を還元してギ酸などを合成する例が多かった。今回の開発技術は、そのプロセスを3つの装置に分けて実現する。(1)光を電子に変換する太陽電池モジュール、(2)(1)の出力電力を用いてH2Oを酸化(電気分解)し、水素イオン(H、プロトン)を取り出す酸化電極、(3)CO2と電子と(2)で得たプロトンからギ酸を合成する暗反応用還元電極、の3つである。触媒は、酸化電極には、イリジウム酸化物(IrOx)、還元電極には豊田中央研究所が開発したルテニウム(Ru)錯体を重合させた高分子を利用する。

開発した装置の動作原理
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開発した装置の動作原理
左の太陽電池モジュールで、受けた光を電子に変換し、その電力を使って酸化電極で水を水素イオン(H)と酸素(O2)に分解。還元電極では、電子とCO2と(H)でギ酸を合成する(図:豊田中央研究所)

 プロセスを(1)~(3)に分けた理由の1つは、光を電子に変換する機能では太陽電池が圧倒的に優れているため。光触媒に直接光を照射するやり方では、すべての面に光を照射するために大面積かつ透明電極が必要になるという課題もあった。今回は、(2)と(3)の電極における反応には光を必要としないため、太陽光パネルの裏に電極を多層に重ねることで、(1)の電子生成と(2)および(3)の反応速度のアンバランスを解消できた。

 具体的には、太陽電池モジュールや2つの電極の寸法はそれぞれ36cm×36cm。電極は酸化電極と還元電極の組を5組並列に接続した。これにより、「太陽光パネルの変換効率は15%で、その発電エネルギーの約1/2をギ酸という形で貯めこめるようになった」(豊田中央研究所)という。

今回の開発装置(36cm角)の実装の概要
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今回の開発装置(36cm角)の実装の概要
酸化電極(赤系の色)と還元電極(青系の色)の組を5組、太陽電池モジュールと並列に接続してある(図:豊田中央研究所)

 もう1つ、高抵抗だった透明電極が不要になり、特に(3)の還元電極にチタン(Ti)板を使うことで電極の電気抵抗値を大幅に低減でき、大面積化しやすくなったとする。

アンモニアより扱いやすい水素キャリアに

 現在、2030年の実用化を目指して開発中の1.6m角のシステム(電極の寸法は1m角)では太陽光からギ酸への変換効率10%を見込む。この大型システムでのギ酸の生成量は約40mL/時。このシステムをメガソーラーのように広い土地に数万台設置すると、敷地面積約7ヘクタール(7ha)で年間約5000トンのギ酸が生成できる計算だという。「同じ面積の杉林のCO2固定能力は約50トン/年。このシステムのほうが約100倍多い」(豊田中央研究所)注1)

大型(外観1.6m×1.6m)の人工光合成装置
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大型(外観1.6m×1.6m)の人工光合成装置
1m角の電極でギ酸を約40mL/時生成するという(写真:日経クロステック)
注1)ただし、杉林は空気中のCO2を固定するが、この人工光合成システムでは工場などで排出されたCO2を分離・収集したものを、システム中の水に溶解させて利用する。

 生成したギ酸は「水素キャリアの1つとして使うことを想定する」(豊田中央研究所)。というのも、ギ酸の沸点はセ氏約101度と水に近く、常温常圧で液体。一方、水素キャリアとして注目を浴びているアンモニアは沸点がセ氏約-33度で常温常圧では気体になってしまい、しかも毒性が非常に強い注2)。扱いやすさの点でギ酸にメリットがあるとする。

ギ酸(水溶液)
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ギ酸(水溶液)
(写真:日経クロステック)
注2)ただし、アンモニアは自転車用タイヤの空気圧並みの8気圧超で常温でも液化する。

 豊田中央研究所によれば、今回のシステムでCO2をギ酸に変換した後、運搬や貯蔵はギ酸の形で行い、最後に水素に変換して燃料として使うか、あるいは現在研究開発中の「ギ酸燃料電池」の燃料として使うといった選択肢があるとする。「ギ酸をエンジン車などで直接燃料にすることは考えていない。メタノールならあり得るが、ギ酸はメタノールよりもエネルギー密度が低いから」(豊田中央研究所)だという。

■変更履歴
 豊田中央研究所から、当初説明した数字の一部に誤りがあったと申し入れがありました。人工光合成装置に用いた太陽電池の変換効率を20%超としていましたが、正しくは15%でした。その結果、太陽電池の発電エネルギーからの変換効率も30%超ではなく、約50%となります。また、実証中の大型装置の1.6m×1.6mという寸法は装置の外観の寸法で、セル(電極)の寸法は1m×1mとなります。記事は変更済みです。 [2021/04/26 16:10]