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肉厚2.5mmのフライパン

 鍛治を中心に発展した三条に対して燕は、1650年ごろに鎚起(ついき)銅器の製法がもたらされたこと、さらに、元禄年間(1688~1704年)に燕市の西隣、弥彦山(新潟県弥彦村)にあった間瀬銅山で銅が産出されことから、和釘の製造から銅器などの加工業へ移行した(図5)。

図5 鎚起銅器の製造工程
図5 鎚起銅器の製造工程
200年の歴史を持つ玉川堂(燕市)は、1枚の銅板を金槌(かなづち)でたたき起こして湯沸かしなどを製造する技術や、さまざまな色を表現する着色技術を開発してきた。(出所:松田千穂)
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 燕三条地域の金属加工を支える技術には、鋳造・鍛造・研磨などがある。例えば三条特殊鋳工所(三条市)は、厚さが2.5mm以下と薄いフライパンを造る技術を持つ(図6)。室町時代の下町遺跡(同)では、厚さ3mmの鋳造製の鍋が出土している。当時、既に優れた鋳造技術があったことを示す資料だが、現代の技術者から見れば「昔の方が良かったと言われるのは悔しい」〔展覧会の実行委員でタダフサ(三条市)代表取締役の曽根忠幸氏〕。地域全体にとっても、こうした過去の技術は「負けられない」というモチベーションにもなっているという。

図6 薄肉鋳造技術
図6 薄肉鋳造技術
三条特殊鋳工所は、薄肉鋳造技術に強みを持つ。(出所:松田千穂)
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 煙管(きせる)の仕上げから発展した研磨技術は、1911年に始まった洋食器の製造に応用された(図7)。この技術を引き継ぐべく、燕市は研修施設「磨き屋一番館」を設立し、燕研磨振興協同組合が後継者の育成や新規開業の促進に取り組んでいる。一方で、長く地域の研磨工程を支えてきた家内制手工業の「磨き屋さん」に支払われる工賃が上がらず廃業が相次ぐなど、産地としての課題も明らかになりつつある。

図7 研磨の過程
図7 研磨の過程
100種類ものバフ(磨き布)や複数の研磨材を使い分けて手作業で仕上げる。(出所:松田千穂)
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 さまざまな製造品目の中には、市場が縮小している分野もある。大工道具で最も種類が多いと言われる鑿(のみ)は、最盛期に50件あった工場が6軒まで減った(図8)。だが、それらの工場には全国から特注品の注文が入り、最近では、バイオリンやギターを造るための道具として世界各地から注文が相次いでいる。あらゆる要求に応えられる技術がある証拠ともいえる。

図8 多様な鑿
図8 多様な鑿
鑿は、木造建築の接合部や細かな加工・仕上げに用いられる。ニーズに合わせて、宮大工が使う手斧(ちょうな)や槍鉋(やりがんな)も製造する。(出所:松田千穂)
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 「燕三条」のブランド力が高まるにつれ、BtoCに力を入れる企業も増えてきた。さまざまな用途に向けて包丁を製造するタダフサもその1社。ユーザーは、製造側の事情をある程度知る業者とは異なり、「注意喚起してくれる存在」(タダフサの曽根氏)。わずかな欠点でもユーザー離れに直結するため、常に緊張感を持ちながら仕事ができる。それが技術のレベル向上にもつながっているという。