AGCは、機械学習やシミュレーションを活用して、新材料や新素材の探求を効率化するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の開発環境を整え、2022年6月から本格運用を開始した。

 同社のMIを構成するシステムは大きく2つ。実験データをWeb上で一元管理するシステム「ARDIS(アルディス)」と、材料物性を予測したり、実験計画を提案したりするツール「AMIBA(アミバ)」だ(図1)。2020年1月からテスト運用を開始し、現在までに利用対象であるR&D部門(技術本部材料融合研究所)のおよそ7割が導入。既に、自動車用のガラスコーティング剤や燃料電池用電解質ポリマーの開発などにおいて成果を上げているという。

図1 データ管理システム「ARDIS」と分析ツール「AMIBA」の概要
図1 データ管理システム「ARDIS」と分析ツール「AMIBA」の概要
ARDISで保管した実験データをAMIBAの分析ツールで活用する。(出所:AGC)
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 ARDISは、AGCの社員が日々の開発業務で使う“Web版の実験ノート”とも言えるシステムだ。実験の目的や条件、結果、考察などを、数値または文章で既定の書式に記録する(図2)。デジタル写真や顕微鏡画像などのデータも添付でき、記録した実験データはクラウドに保管される。

 このデータ管理システムが、MIで活用するデータの保管基盤となる。従来は実験データの保管形式を部門内で統一していなかったため、MIの学習データとして活用するのが困難だった。「ガラスや化学、複合材料、バイオ商品開発など、様々な研究部門が同じ書式でデータを保管できるように、システム設計を工夫した」(同社技術本部企画部戦略企画グループスマートR&Dチームマネージャーの村井亮太氏)という。

図2 ARDISの記録画面の例
図2 ARDISの記録画面の例
(出所:AGC)
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 一方AMIBAは、ARDISに保管された実験データを活用して、機械学習モデルの構築や考察、実験計画の提案など、いわばMIを実行するツールだ(図3)。

図3 AMIBAの機能イメージ
図3 AMIBAの機能イメージ
ARDISに保管された実験データを活用して、重要度計算による考察や回帰モデルなどの機械学習モデル構築とそのモデルを活用した特性予測、ベイズ最適化による実験計画の提案など、開発業務を支援する。(出所:AGC)
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 機械学習モデルの構築では、線形および非線形の十数種の回帰モデルに対応する。例えば、ガラスを構成する成分の配合比率を説明変数として、ガラスの強度(ヤング率)を目的変数としたランダムフォレスト回帰モデルを構築する。そこからモデルの重要度*1を計算すると、ガラスの強度に与える影響が大きい成分を特定できる。図4の例では、酸化アルミニウム(Al2O3)の寄与が大きいと分かる。

図4  AMIBAで得られる分析結果の例
図4  AMIBAで得られる分析結果の例
ARDISから出力したデータ(上段右)をAMIBAにアップロードして各種分析を実行する(上段左)。ここでは、ガラスの成分(説明変数)として酸化ケイ素(SiO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化ナトリウム(Na2O)、酸化カリウム、(K2O)の配合比率と、ヤング率(目的変数)の関係を学習データとして与えた。下段は、モデルの精度を把握するのに適した部分的最小2乗(PLS)回帰の結果(下段左)と、重要度計算の結果(下段中央)、データ間の類似性の可視化に適したデータマッピングの結果(下段右)。(出所:AGC)
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*1 重要度 説明変数が目的変数にどれくらい寄与しているかを測る指標。

 さらに、AMIBAの分析ツールの1つであるベイズ最適化を実行すれば、実験条件の優先順位付けもできる。例えば、先のガラスの成分と強度のデータを使って、強度を最大化するために、どのような配合条件で実験をすればよいかを提案してくれる(図5)。

 「強度と結晶化温度*2など、複数特性を同時に最適化した実験条件も提案できる」(同社)。結晶化温度を最適化して生産性を高めつつ、強度にも優れるスマートフォン用カバーガラスの組成を開発した際は、ベイズ最適化を利用したことで、通常1年程度かかる開発が1.5カ月で完了したという。

図5  AMIBAのベイズ最適化で得た分析結果の例
図5  AMIBAのベイズ最適化で得た分析結果の例
ガラスの成分の配合とガラス強度の学習データと、実験者が作成した実験条件のリスト(候補データ)をアップロードして、「強度が最大値になるように」などの条件で分析を実行すると、指定した条件のガラスが得られる可能性が高い順に、実験条件を並び変えて表示する。(出所:AGC)
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*2 結晶化温度 溶融したガラスが結晶化し始める温度。結晶化温度が高いと冷却時に白濁するため、プロセス装置に適した温度範囲が望まれる。

 同社は2025年までに、新たなデータ管理システムと分析ツールの全R&D部門への導入を目指す。同時に、MI人材の育成にも力を入れる。社内コンサルティング活動を通じて教育プログラムを実施し、R&D部門の全社員がMIを活用できるようにするとともに、そのうちの5%をMI活用を主導する人材(MIエキスパート)、20%をMIモデリングを実行できる人材(MI技術者)として育成する方針だ(図6)。事業部の開発部門への展開や、追加のMIツール開発にも取り組む。

図6 AGCが目指すMI人材のカテゴリー
図6 AGCが目指すMI人材のカテゴリー
(出所:AGC)
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