東京大学やNTTなどは2022年10月29日、量子光のパルス波形を自在に制御する手法を開発したと発表した。光量子コンピューターに不可欠な光源である「量子任意波形発生器(Q-AWG:Quantum Arbitrary Waveform Generator)」の核心となる技術であり、光量子コンピューターの実現に一歩近づいたとする。
東京大学の高瀬寛助教と古澤明教授、NTT、情報通信研究機構(NICT)、理化学研究所からなる研究チームによる同技術に関する論文が、米国の科学誌「Science Advances」のオンライン版に2022年10月28日(米国時間)に掲載された。
東大の古澤教授らが開発を進める光量子コンピューターでは、「光子数状態」や「シュレディンガーの猫状態」といった様々な量子状態をとる量子光を用いる。特に光量子コンピューターの量子ビットには、シュレディンガーの猫状態をとる量子光を「バランス型タイムビン波形パルス」として生成したものを使用する。このような量子光を生成するには、量子光のパルス波形を自在に制御できる光源であるQ-AWGが必要だ。
レーザー光など量子光ではない古典光に関しては、任意のパルス波形で出力する「任意波形発生器(AWG:Arbitrary Waveform Generator)」が既に存在する。AWGは光フィルターにレーザー光を入射して、パルス波形を制御する。光フィルターを通過する際に大きな損失が発生するが、古典光は光増幅器によって物理的性質を変えずに元の状態に戻すことができた。
しかし量子光のパルス波形制御には、古典光用のAWGは用いることができない。量子光は損失に非常に弱いため、光フィルターを通すことによって量子光特有の物理的性質が失われるためだ。また量子光は光増幅器を通すと、量子性が失われてしまうため、元の状態に復元できない。
量子もつれを利用して、量子光のパルス波形を制御
そこで今回、研究チームは量子光であっても、量子性を失わずにパルス波形を自在に制御できる手法を考案した。鍵となるのは、2022年のノーベル物理学賞を受賞したことで話題になった「量子もつれ」だ。
研究チームが考案した手法ではまず、東大とNTTが共同開発した「広帯域スクイーズド光源」を使って、量子もつれ状態にある「量子光1」と「量子光2」を生成する。このうちの量子光2だけを、パルス波形を変化させる光フィルターを通過させたうえで、東大とNICTが共同開発した「超伝導ナノストリップ単一光子検出器(SNSPD)」で測定する。
すると光子が検出されたタイミングで、量子もつれによって、量子光1のパルス波形が光フィルターによって変化した量子光2のパルス波形と同じになる。「量子もつれを介したパルス波形の制御のため、(光フィルターによる)光損失問題を回避できる」(東大の高瀬助教)わけだ。
光量子コンピューターの量子ビットを増やすには、1つの光軸上に量子光パルスを隙間なく並べる必要がある。パルスの波形がなだらかだと、隣り合うパルス同士が互いに悪影響を及ぼすため、隙間なく並べにくい。それに対してQ-AWGによって生成できるバランス型タイムビン波形の量子光パルスはなだらかではなく「急峻(きゅうしゅん)なパルス」(東大の古澤教授)であるため、隙間なく並べられるのだという。
光軸上に量子ビットを並べられる数は、広帯域スクイーズド光源が量子光を生成する帯域と、SNSPDが光子を検出する帯域に依存する。現在は光源よりもSNSPDの帯域の方が低いため、SNSPDの帯域が量子ビット数を決定する。古澤教授によれば、現在のSNSPDを使うことで100万量子ビットほどの実装が可能であるという。さらにSNSPDの広帯域化を進めることでその数はさらに増やせる見込みであるほか、東大とNTTが共同開発した広帯域スクイーズド光源は、最大で10億量子ビットを実装できる帯域があるとしている。