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AIを用いた「深層学習時空間ダウンスケーリング手法」で特許を出願

 増田氏は、博士(工学)と技術士、気象予報士の資格を持つ、物理と気象の専門家だ。もともとは気象レーダーによる雨や雪の観測や降水予測を専門としており、降水予測を行う際には常に物理学に則った手法を用いていた。そんな“ゴリゴリの物理派”だった増田氏がAIと出合ったのは、関西支社にいた頃だという。

 「当時課題としてあったのは、降水予測の時間的・空間的な精度をいかに上げるかということでした。物理的な方法や統計的な方法では限界を感じていたところ、試しにAIを使ってみた実験で予想以上の成果が得られたんです。部署にAIの得意なメンバーがいたことが奏功しました」と増田氏。それからは「気象×AI」の可能性に着目し、新しい予測手法を研究。そうして誕生したのが「深層学習時空間ダウンスケーリング手法」だ。

 ダウンスケーリングとは、データを時間や空間的により細かく分解して予測すること。畳み込みニューラルネットワークという深層学習(ディープラーニング)の技術を用いることで、従来は20~25キロメートル四方(メッシュ)で3時間単位の雨量しか予測できなかったのを、「5キロメッシュ・1時間雨量」で予測することに成功した。

 「日本気象協会には、実測の1キロメッシュ・1時間雨量のデータが10年以上蓄積されています。これを20キロメッシュ・3時間雨量にアップスケーリングしたデータと併せてAIに学習させ、再度、別データを用いてダウンスケーリングしてみました。すると、実測値からも気象学観点からも、極めて違和感のない結果が得られました」(増田氏)

  天気の予測にはアンサンブル予測という手法もある。少しずつ異なる初期値でそれぞれに予測を行い、最も起こりやすい現象や最悪シナリオを予測するものだ。日本気象協会では、15日間の長期予測を可能とする欧州のモデルも含め、51通りのシナリオを用意している。深層学習時空間ダウンスケーリング手法は、アンサンブル予測と併用することで、さらに高精度な予測を実現する。

 「51通りものアンサンブル予測のダウンスケーリングには大量の計算処理を要しますが、本手法は深層学習を利用するため、スーパーコンピューターを使わなくても、汎用的な計算機のみで予測を導き出せます」(増田氏)

ディープラーニングの技術を用い、予測範囲を5キロメッシュ・1時間雨量にダウンスケーリングすることで、従来は表現できなかった強い雨域の位置や時間変化も高精度に予測。
ディープラーニングの技術を用い、予測範囲を5キロメッシュ・1時間雨量にダウンスケーリングすることで、従来は表現できなかった強い雨域の位置や時間変化も高精度に予測。
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 この「AIを用いたアンサンブル降雨予測の“深層学習時空間ダウンスケーリング”手法」は2020年6月に特許出願された。また、この手法を使った雨量予測は同時期に開始した「ダムの事前放流判断支援サービス」にも活用されている。これは、多数のシナリオに基づく高精度な予測を提供することで、事前放流のタイミングや放流量の的確な判断を支援するサービス。現在、全国80以上のダム流域で、効率的なダム運用や洪水予測といった治水・防災・減災への取り組みに役立てられている。

 「今後はこの手法を、いわゆるゲリラ豪雨や線状降水帯などのピンポイント予測にも活用できるよう、さらなる改良を続けていきたい」と増田氏は展望を語る。

「ダムの事前放流判断支援サービス」への活用事例。51通りの予測データから、雨量が最大/最小グループの平均値を算出し、3ランクに分類。より先の未来をより早く、高精度に予測できるため、余裕をもって事前放流の計画を立てられる。
「ダムの事前放流判断支援サービス」への活用事例。51通りの予測データから、雨量が最大/最小グループの平均値を算出し、3ランクに分類。より先の未来をより早く、高精度に予測できるため、余裕をもって事前放流の計画を立てられる。
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