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 ひろりんママがまだ10代の頃、女の子が自分のことを「ボク」と呼ぶのが流行りました。バスボンというシャンプーがあって(いや~懐かし~)、そのコマーシャルに出ていたキュートな女の子が自分のことを「ボク」って呼んでいたんです。

 憧れましたね~。サラダ娘とか、何となく透明感があって「女であること」を売り物にしなくって、それでも自然にキュートに振舞える。でも、家で「ボク」という言葉を使ったら、海軍教官バリバリの父に頬っぺたを張り倒されましたが(笑)。

 40代ど真ん中の今ではさすがに「ボク」は使いません。「ワタシ」とか「ワタクシ」とか。「アタシ」というのは恥ずかしくて何となく使えないんです。だって、会議の場で「アタシ」と言った途端、何となく妙にくだけたムードがただよう気がするんですもの。雑談の場では、ぜんぜん構わないと思うんですけどね。言葉一つが、場の雰囲気を左右する。そんなことを学んだのも、会社に入ってからのことです。

仕事の大半はコミュニケーション

 会社に入ると分かってくると思うんですが、実は仕事の中で同僚や上司とのコミュニケーションというのは、かなりの比率を占めてきます。それもいいことばかりだったらいいんですが、悪いことや、相手にこうして欲しいというような要求、あとは相手からのリクエストを断るとか、意見が違う相手に自分の思うことを説明しなければならないというようなことが結構多いんです。どちらかというと、緊張するコミュニケーションの方が多いかもしれません。

 そんな時、意外にも物の言い方一つで円満に収まったり、もめたりするんですよね。会社も所詮、感情を持つ人間の集まりですから。カチンとくる言い方もあれば、「ああ、仕方がないな」と妙に納得させられる言い方もある。理詰めで相手を木っ端微塵に論破するのが、物事をうまく運ぶ方法とは限らないことに、この年になってようやく気がつきました。

 特におじさんたちはまだまだ働きウーマンに対して偏見がある人も多いですからね。正面突破攻撃をされると、かえって殻をかぶって依怙地になったりします。そんな時「優しき言葉はいのちの樹なり」という言葉を覚えておくと、ラクかもしれません。

ナマの感情を言葉でくるむ

 自分のナマの感情をやわらかい、丁寧なもの言いでくるむことで、新しい人間関係の芽を育むこともできるかもしれない。ひょっとしたらそこから大きな樹が育つかもしれない。そんな風に考えてみませんか。唇をかみしめたくなるような理不尽に反論するときほど、意識して一歩引いたもの言いを心がける。それもまた働きウーマンの一つの知恵であり、武器になるんじゃないかな、と思ったりするのです。