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 城山三郎原作の「官僚たちの夏」がテレビ・ドラマ化された。いまから50年前、日本の産業復興において、通商産業省(現在の経済産業省)の官僚が果たした役割を描いている。第一回のテーマが「自動車」、第二回は「テレビ」。いずれも、当時は米国企業が圧倒的な存在力を示していた事業領域に、日本企業がいかに参入したか、その苦難の道を歩むエンジニアの姿が映し出されている。

 「官僚たちの夏」が書かれたのは1975年。それがなぜ今、この時期にドラマ化されたのだろうか。

 このドラマは、今の日本に欠けている二つのことに焦点を当てている。一つは、技術イノベーションに対する一般庶民の欲求の欠如である。今の若い人は昭和30年代に「三種の神器」と呼ばれた家電製品を知っているだろうか。「テレビ、冷蔵庫、洗濯機」のことだ。「神器」と称されるほど一般庶民のあこがれの的となり、これを一般家庭に普及させることが日本産業発展の原動力となった。

 佐藤浩市が演じる主人公、「ミスター通産省」と呼ばれた風越信吾の家に、14型の白黒テレビが届けられるシーンが印象的だ。主人公の家に、近隣の住人が多数押し寄せ、お祭り騒ぎの中、テレビのスイッチが押される。そのテレビに、臨時ニュースが流れ、1964年のオリンピック開催地が東京に決まったことを告げる。集まった人々は手を取り合い、歓声を上げる。そして、オリンピックは、日本のテレビ普及率を急速に高め、日本の産業復興に大きく寄与することになる。当時は、公共の場におかれた「街頭テレビ」に大衆が群がり、劇場感覚でテレビを視聴していたが、そのテレビが個人の居間にやってくるわけだ。さぞかし、大きな生活の変化だったことだろう。残念ながら今の日本に、こうした高揚感はない。2016年のオリンピック会場が仮に東京に決まったとしても、それが日本の産業活性に果たす貢献度は、当時ほど大きくはないだろう。

 テレビのみならず、洗濯機や炊飯器も当時の庶民の生活を大きく変えた。「官僚たちの夏」では、そんな家電製品を自慢する主婦の姿が何度となく紹介される。ひるがえって現代、買って人に自慢したいハイテク商品があるだろうか。確かに一時期、「デジタル・カメラ、薄型テレビ、DVDレコーダ」が現代の「新・三種の神器」ともてはやされたが、いずれも既存商品のデジタル技術版といえる。機械製品あるいはアナログ製品に比べて便利になったとはいえ、ライフスタイルが決定的に変わったわけではない。当時の「三種の神器」に比べれば小粒といえる。消費者の購買意欲を強烈に刺激する、新しいイノベーション技術の登場が待たれるところだ。