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 前回のこのコラムで、もともと自動車メーカー志望だったのに、研究室の教授に「やめておけ」と言われて今の会社に就職したという話をしました。どうして、他の分野のメーカーではなく、まったく異質な出版社に就職したのか、という疑問を持たれた方もいるかもしれません。

 教授に「やめておけ」と言われた私は、それまで自動車メーカーしか就職先として考えていなかったので、まったく真っ白な気持で「それではどこに就職しようか」と考えました。そこで私が思ったのは「自分には協調性がないから、なるべく自分一人で完結できる仕事はないか」ということでした。

 こうした観点で就職情報誌を眺めていた私の目に留まった会社が二つありました。一つが、記事の企画・立案。取材・執筆を記者が自分でこなす今の会社、そしてもう一つが、企画・開発から販売戦略の立案、客先への売り込みまで担当者が一貫して担当するという印刷機の会社でした。はた目から見るとなんの関連もないように見えるかもしれませんが、私にとっては仕事の最初から最後まで自分が担当できる、という点で共通していたのです。

 そのころの私には、浅はかにも「歯車になりたくない」というような気持ちがありました。その他大勢の一人として仕事をし、集団の中に埋没してしまうのは嫌だ、という気持があったのです。それは、自分はその他大勢ではない、という生意気な自負の裏返しだったのかもしれません。

 しかし、念願かなって今の会社に入って気づいたのは、一人でできる仕事なんてない、という当たり前の事実だったのです。まず編集会議で企画を通す必要がありますし、そのためにはデスクや編集長を説得する必要があります。取材を進めるには、企業や大学の先生の協力が不可欠です。書いた記事が誌面になるためには、デザインや制作の人の協力も欠かせません。

 エンジニアでもそれは同じです。私が担当している自動車分野のエンジニア、特に完成車メーカーのエンジニアの仕事というと、コンピュータの画面に向かって図面を作っている、というような場面を想像するかもしれません。しかし一般に、完成車メーカーが内製している部品は3割程度で、残りの7割は外部から購入しています。したがって、仕事のうえで外部のエンジニアとの協力は不可欠です。コンピュータの画面に向かって図面を書いている時間というのは実際には短く、多くの時間は他の部門・外部の企業との打ち合わせや調整に費やされます。

 理工系の皆さんの中には、人付き合いがあまり得意ではない、という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、世の中に一人で完結する仕事はほとんどないのです。逆に仕事とは、ほとんどが人とのコミュニケーションに費やされているというのが私の実感です。仕事がうまくいくかどうかは、かなりの部分、その人のコミュニケーション能力にかかっているといっていいでしょう。

 だからといって、すぐに「コミュニケーション能力を磨く」とか、そういう本を買って勉強する必要もありません。朝近所の人に会ったらにっこり笑って「おはようございます」と言えるとか、相手の顔をちゃんと見て話が聞けるとか、他人の喜びや悲しみに共感できるとか、そういう、人として当たり前のことができていれば、それでいいのです。やってみると分かるのですが、それってそんなに簡単なことじゃないし、そういうことができている人って、(私も含めて)じつは意外と少ないのです。

 私も中途採用の面接に同席したことがありますが、この人は採用されるな、とか、ちょっと難しいかな、というのを判断するのに、それほど時間はかかりません。「この人は仕事ができるかどうか」ということもよりも、「この人と一緒に仕事がしたいかどうか」のほうがずっと重要だし、それはその人と会って、二言三言交わすだけで伝わることだからです。