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変えられるもの、変えられないもの

 ひろりんママは、敬愛する渡辺和子さん(ノートルダム清心学園の院長)がある本で書いていらした言葉を、ことあるごとに心の支えにしています。

 それは「ラインホールド・ニーバーの祈り」というものです。

神様
変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気を、
変えることのできないものについては
それを受け入れる心の静けさを
そして、その二つを区別できる知恵を私にお与えください。

 世の中にはどうあがいても自分の力で変えられないものがあります。自分という存在もその一つだと思います。でも、その変えられない自分の存在を受け止めつつ、変えられるものについては、前向きに勇気をもって立ち向かっていく。そういう自分でありたいという思いがこの祈りには込められています。

 この祈りには、人間という愚かで愛すべき存在を静かに見つめる知性が感じられます。何でも自分がコントロールできると思う傲慢さ、しかしながら、意思の力でいろいろなものを変えていける果てしないパワー。あなたも私も、そして周囲の人たちも、そんな2つの側面を合わせ持つ人間という不思議な生き物なのです。そんな不完全な人間たちが太古からヨタヨタと失敗を繰り返しながら、寄り集まって作り上げているのが今の社会。

与えられた環境を受け止めて前を向く

 そんな社会が完璧であろうはずはないし、その構成員の一人である人間もまた、不完全な生き物です。すべてうまく、望みどおりにいくことなどありっこありません。それでも、人間は、与えられた環境で精一杯生きるしかありません。与えられた環境を静かに受け止めつつ、その中でどう生きるか、どう前を向くか。この祈りは、そんな生きる姿勢を問うているようにも思います。

 悪いことが自分を選んで降りかかってくるような気持ちになった時、自分で自分のことが嫌いになった時、誰も味方がいないと感じられる時。出口が見えないトンネルを一人トボトボと歩いているような気持ちになった時、宗教を超えて、あなたの心を深いところで支えてくれる言葉だと思います。