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 米アップルの「iPhone(アイフォーン)」の画面に表示されている「大辞林」のアイコンを指で触れて起動し、「辞書」と入力して検索する。

 「多くの言葉や文字を一定の基準によって配列し、その表記法・発音・語源・意味・用法などを記した書物」と、その語義が表示される。なるほど、しかし説明文中にある「語源」という言葉の意味が分からない。今度は画面に表示されている「語源」を指でなぞる。すると、「語源」の語義が一瞬で表示される。その中で意味を知りたい言葉があれば、またなぞればいい。

 辞書という言葉に対する動詞は、一般には「引く」だろう。辞書とは、言葉の意味を知りたい時に検索するものだからだ。しかしこのiPhone向け大辞林で画面をなぞりながら次から次へと言葉をたどる作業は、「読む」という動詞の方がふさわしい。

 「読む」ための工夫もある。言葉を入力して検索したり、50音順に言葉を並べて表示させたりするだけでなく、「植物」「地名」「季語」「人名」など分類された言葉だけを並べて表示する機能も搭載しているのだ。「植物」の中でも「藻類」「菌類」などとさらに細かく分類されている。例えば藻類には「藍水泥(あいみどろ)」「青粉(あおこ)」「石蓴(あおさ)」などの言葉が並ぶ。知らない言葉に偶然出合い、その意味を調べて読むというような使い方ができる。

 iPhone向け大辞林を開発したのは、物書堂(ものかきどう)(東京都)。2008年末から販売を始めておよそ1年間で10万本を売り上げた。辞書としては異例の大ヒットと言える。販売価格は2500円。この価格設定が極めて興味深い。

「無料」を「2500円」に

 三省堂が刊行する書籍版『大辞林』の価格は8190円。これと比べると、iPhone向け大辞林は3分の1以下の価格であり、その意味では「安い」。しかしこの安さがヒットの理由ではない。

 NTTレゾナントが提供するインターネットポータル(玄関)サイト「goo」では、無料で大辞林を検索して語義を調べられる。多くのiPhoneユーザーはネット接続料が固定料金なので通信料もかからず、この機能を利用できる。無料で使える機能に対して2500円という対価を払わねばならず、その意味においてはiPhone向け大辞林は実は「高い」のだ。

 なぜ高いのに売れるのか。まず大きいのは、物書堂が開発した「インタフェース」だろう。

 前述のように、指でなぞるだけで次々に新しい言葉が現れ、その意味が表示されるという操作法。書体として独自に搭載したヒラギノ明朝体は、読みやすく見た目にも美しい。黒地に白抜き文字という表示法は、高級感を演出すると同時に、液晶バックライトによる目への負担を軽減してくれる。

 もう1つは「利便性」だ。ネットに接続せずにすぐに起動して検索でき、地下など電波の圏外でも海外でも使えるというのは大きい。購入の仕組みも整っている。クレジットカードなど決済のための情報をあらかじめ登録しておけば、パソコン経由で簡単にソフトをダウンロードでき、購入後すぐにでも使える。

 搭載語数はインターネットで無料で利用できる辞書と変わらない。つまり辞書としての「機能」は同等だ。しかし表示法や操作法を洗練させることで、「無料」だったコンテンツから「2500円」という価値を引き出した。

 ここ数年、ネットの普及によって無料のサービスは増えた。しかし、優れた「体験」を生み出せれば消費者は対価を支払う。2人だけで起業したベンチャー企業・物書堂の商品がそれを如実に物語っている。