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 付加価値で勝負する脱コモディティー製品で頑張るのが日本の生きる道である。しかし一方で,価格勝負のコモディティー製品についても撤退するのではなく,なんとか工夫して利益を出そうという製造業トップの発言が最近目に付く。製品コストに占める人件費比率が下がるとともに,製品コストで部材が占める割合が高まり,「技術」でコストダウンする余地が出てきたことが背景にある。さらに,コモディティー製品で培った低コスト化のノウハウなどを脱コモディティー製品に活用することで競争力が高まる効果もある。両方を持つことで真の競争力を上げることができる,という見方が出てきた。

 日経エレクトロニクス誌2005年11月7日号の編集長インタビュー「東芝,攻めへの転換 脱コモディティー戦略」の中で,同社 社長の西田厚聰氏はSEDなどユーザーに新しい付加価値を提供する「脱コモディティー製品」を戦略の中心に据えると述べた上で,次のように語っている(Tech-On!の関連記事1)。


 市場がコモディティー製品で占められてしまうと,いったんは価格が低下して商品そのものは普及しますが,それ以降の市場の健全な成長は望めません。「ブルー・オーシャン戦略」(注:W. Chan Kim氏とRenee Mauborgne氏が著したビジネス戦略書)でいうレッド・オーシャンで血みどろの戦いを演じることになります。ただし,我々はレッド・オーシャンの市場を捨てる気はありませんよ。コモディティーの分野では最低でも損失は出さない体制にした上で,脱コモディティーの製品を絶えず市場に投入して利益を得る。これが東芝の戦略です。

 キヤノン社長の御手洗富士夫氏は,2005年11月18日「日経ものづくり大賞」の授賞式であいさつし(キヤノン大分工場が受賞),「どうやって日本でものづくりを続けるか」という問題に対する解決策は,「第1に付加価値の高い産業を起こすこと,第2に在来産業を徹底的に分析して,安くものをつくること」の2点だと語った。ここで御手洗氏が言う「在来産業」とは,コモディティー製品と同義と考えていいだろう。

 御手洗氏は続けて言う。

 「最近の製品ではコストに占める労務費の割合はせいぜい10%というところです。これをさらに下げるために海外に(工場などを)出すということは愚かなことで,やってはいけないことだと思っています。残り90%の変動費を下げる努力を国内でしなければいけない。それを解決するのは,新しい素材なり,システムといった技術です。この部分をなんとか安くして,日本でものづくりを続けていきたいという思いでやっています」。

「技術」が競争軸になるか,液晶テレビ

 コストダウン競争の「土俵」が技術になるのであれば,日本メーカーにとっても十分勝機が出てくる。その試金石とも言えるのが,コモディティー化して価格下落が激しい液晶テレビである。

 液晶テレビの心臓部である液晶パネルで最大手の韓国Samsung Electronics Co., Ltd.は,これまでノウハウがたんまり入った製造装置を韓国以外の装置メーカーからどんどん購入してきた。大胆な設備投資を行い,圧倒的な規模を武器に生産性向上とコストダウンを進め,市場を席捲した。ここでの競争軸は「本社の意思決定能力と資金調達力」であり,残念ながら日本メーカーは後塵を拝している。

 しかし,40インチ型以上の大型液晶パネルになると,パネルのコストに占める部品・材料の比率が70%を超え,これまでの同社の戦略が通用しなくなる可能性が出てきた。「最大の危機を迎えた」(同社LCD Business PresidentのSang-Wan Lee氏)のである。

 こうして液晶パネル・メーカー各社は,材料にまでさかのぼった生産技術革新を進めている。その新技術が投入されるのが,2006年以降に稼動する第8世代ライン(ガラス基板寸法2160mm×2460mm)だ。シャープでいえば2006年10月稼動予定の亀山第2工場で,Samsung Electronics社はまだ詳細は明らかにしていないが2006年末~2007年に稼動する見込みの第8世代ライン工場で導入する予定である。

 第8世代ラインでは,カラー・フィルタをインクジェット法で作るプロセスが導入される。ここでポイントとなるのは,ごく少量のインクの液滴を打ち込むための微細な溝を樹脂に形成するための成形技術である(日経FPD2006戦略編,p.170「材料革命」Tech-On!の関連記事)。インク材料や樹脂材料にも工夫が必要になってくる。こうした,材料にさかのぼって検討するものづくりは,材料メーカー,加工メーカー,製品メーカーが三位一体となる「擦り合わせ開発」を磨いてきた日本製造業のお家芸のはずである。これまで培ってきたものづくり力を見直し,活かすことで勝機は見えてくるのではないだろうか。

部材の内製化でコモディティー製品を差異化

 コモディティー製品で競争力を上げる手段の一つとして最近浮上してきたのが,部材や製造設備の内製化である。日経ものづくり誌は2005年11月号で「内製の時代——極めるには『革』『護』『異』『留』」という特集を組んでいるが,その中でNECグループの「ものづくり革新ユニット」のケースを紹介している。コモディティー化した製品の競争力を強めるために部材の製造を内製化し,顧客のニーズに素早く対応できるようにした例である。

 同社が扱う情報機器ではコモディティー化が進展し,差異化が難しくなってきた。かといって,デファクト・スタンダードやキーデバイスを一手に握るような脱コモディティー戦法を採るのは容易なことではない。「それはそれで追求しつつ,一方では別の方法で差異化を図っていくことが必要」と同社は言う。その別の方法とは「部品やユニットではなく,在庫は原材料で持つ。それらを内部で素早く部品やユニットに加工していくこと」である。

実はSamsungだって辛い

 ここまで見てきたように,コモディティー製品というレッド・オーシャンの中でさらなるコストダウンや差異化を進めるには,厳しい道を歩まねばならない。逃げ出したくなるのも無理はない。実は,筆者はこの9月,展示会「FPD International」の基調セッションの講演依頼と取材を兼ねて,Samsung Electronics社の液晶ディスプレイの最高責任者であるSang-Wan Lee氏にお会いした。帰り際,「長期的に目指す姿は何ですか?」という質問にLee氏は少し考えて日本語でこういった。

「青い海…。いや,なんといいましたかね……そう,青い太平洋を目指したいですね」。

 そのときは意味が分からなかった。Lee氏はあまりに忙しいので,いつかは太平洋の島でのんびりしたいという冗談だろうかと特に気に留めなかった。しかし帰国してから分かった。「ブルー・オーシャン戦略」のことを言っていたのである。レッド・オーシャンの覇者と周囲から見られているSamsung Electronics社にしても,やはり液晶テレビというコモディティー製品で勝者でありつづけることは難しく辛いことなのだろうか,と精力あふれる印象のLee氏の顔を思い浮かべながら思った。

 どんなに辛くてもコモディティー製品から逃げ出さず,コモディティー製品と脱コモディティー製品の両方をラインナップすることが肝要ということなのであろう。コモディティー製品で培ったコストダウンや品質向上のノウハウは,脱コモディティーでも必ず活かすことができるからだ。

「カローラ」があるから「レクサス」がある

 デジタル家電と性格は異なるが,クルマの分野でトヨタ自動車が圧倒的に強い理由についてこんな分析がある。すなわち,コモディティー的な大衆車「カローラ」でコスト競争力を磨き,そこで獲得した利益や技術,ノウハウを脱コモディティー的な「Lexus」に投入し,品質が高く,欧米の高級車と比較してコスト面で有利な高級車を生み出したことが強みの源泉であるという指摘だ(Tech-On!の関連記事)。コストダウンという面での技術的な難易度はむしろ大衆車のほうが高いという。

 さらにトヨタは,高級車で投入した新技術や新素材を時間をおいて大衆車に導入することで,コモディティー化をリードしているように見える。電機業界でも,前述の東芝の西田社長は「他社が追いついてコモディティー化する前に自らコモディティー化してしまう」ことが大切だと述べている。

コモディティー製品と脱コモディティー製品の相互作用

 最近,筆者は産学連携関連などのイベントに参加する機会が増えたが,そうした場でよく,「これまでの日本は労働生産性で勝負する『産業資本主義』でやってきたが,今後は知識をベースにした『知識資本主義』に向かわなければならない」という意見を耳にする。確かに,まったく新しい発想,新しいパラダイムの脱コモディティー製品を生み出すには,大学の「知」や「アントレプルヌールシップ」が必要であり,大学発ベンチャーも有効な施策に違いない。

 ただその一方で,以上見てきたように「産業資本主義」が培ってきたものづくり力でまずはコモディティー製品の競争力を上げ,さらにそれを脱コモディティー製品を産み出すことに役立てる,という視点があってもよい。「産業資本主義/コモディティーの競争力」と「知的資本主義/脱コモディティーの競争力」とを融合させ,相互作用を起こさせることで,本当の意味での競争力が生まれるのではないかと思う。

 それに関連して最近,示唆に富む話を聞いた。「日経ものづくり大賞」の表彰式が行われた後の懇親会で,金属表面を1~5nmの誤差で平坦に研磨できる技術を開発して同大賞を受賞された柏原機械製作所の担当者の方に聞いた話である。

 同社は,シリコンの研磨技術と,産業技術総合研究所が開発した「電解砥粒研磨」を組み合わせてこの新研磨技術を開発した。例えば,プリント基板などの銅箔表面の凹凸を同技術による研磨でなくせば,銅箔の厚さが現在7μmが限界のところ,0.5μm厚まで可能になるという。大手メーカーからの試作の発注が相次ぐなど,事業化は順調に進んでいる。

 事業化成功の秘訣を聞くと,「90%の従来技術(この場合,シリコン研磨技術)と10%の先端技術(この場合,電解砥粒研磨)を組み合わせたことです」という。このように日本のものづくり企業が培ってきた従来技術(技能)とうまく組み合わせる発想が,最先端シーズ技術を事業化する際の「死の谷」を越える1つのヒントになるかもしれない。