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 経済産業省がこのほど発表した『ものづくり国家戦略ビジョン』を読んで,以下の2つの視点に注目した。第1に,環境資源問題に端を発してパラダイムが変化する中で,日本が歴史的に持っている強みを生かそうという視点を提示したこと。その強みとして「ものづくり力」を挙げている。第2に,グローバル競争が激化する中で,中国含めたアジア諸国と日本が「ものづくり」という価値観で一緒に発展していこうという視野の広い指針を打ち出したことである。

 経済産業省が2005年11月24日に発表した『ものづくり国家戦略ビジョン』ではまず,環境資源問題の深刻化や少子高齢化,人口減少などの内外の情勢変化に伴い,従来の規格大量生産の製造業を中心としたパラダイムが限界にきていると指摘する。その解決策が,日本が歴史的に培ってきた「ものづくり力」だとする。

 これまでのパラダイムを「製造業パラダイム」,ものづくり力を活用して拓く新しいパラダイムを「ものづくりパラダイム」と呼ぶ。製造業パラダイムとはいわば,西洋近代に根を持つものだ。大量生産・大量消費を特徴とし,人間と対峙する自然を「開拓」して右肩上がりの進歩を遂げようという考え方である。それに対してものづくりパラダイムは,多品種・少量生産を特徴とし,自然と「共生」しようとする。いわばポストモダンの考え方をベースにしている。

江戸時代以前から育まれた「ものづくり力のDNA」

 過酷な自然と戦い,人間同士も過酷な戦争を繰り返してきた西洋文明と違い,日本は四季の恵みに恵まれる中で自然,動物,植物と共生しようという考え方が根強い。そして江戸時代には長く平和な時期が続き,鎖国政策もあって日本独特の文化が醸成された。同ビジョンでは,その1つが互いに協力しあうチームワークであり「ものづくり力のDNAが育まれていった」と背景を説明する。ものづくりパラダイムは,こうした日本の良さを生かしながら,生産規模をいたずらに拡大するのではなく,環境資源や人口問題の制約の中で持続的な経済発展を志向するものだという。

 その「ものづくり力のDNA」がたまたま顕在化したのが製造業だと同ビジョンは見る。そのDNAをうまく引き出したのが米国人統計学者のWilliam Edwards Deming博士(以下,デミング氏)である。同氏は米国ではうまく馴染まなかった品質管理手法の「TQM」を日本に紹介し,日本の製造業は高い生産力を持つにいたった。

 その意味で「ものづくり力のDNA」が発揮されるのは製造業に限らない。製造業の現場に見られる目に見える「もの」に限られるものではなく,デザイン,ソフトウエア,コンテンツといった目に見えないコンセプトも含まれる,という。

 筆者は「ものづくり」という言葉に慎重論をとなえる方がいるのも知っている。ここまで「ものづくり」の概念を拡大していくと反感を覚える方も出てくるかもしれない。極端な話,別の言葉でもかまわないのである。要は,江戸時代の日本の歴史の中に,近代が抱えている難問を解くカギがあるのではないか,という視点が重要だと思う。

「ものづくり力=技能+技術+科学」

 同ビジョンでは「ものづくり力」とは何かについてさらに踏み込んで考察している。それによると,ものづくり力とは技能・技術・科学の3つの要素が結合したものである。これまで「ものづくり」は技能に力点が置かれていたが,今後はこの3者が融合,相互補完すべきだとする。

 この視点は筆者も重要だと常々考えていた。特に,技能と技術の融合に関しては既に成功事例が数多く出ているようだ。例えば,前回のコラムでは,「日経ものづくり大賞」を受賞された柏原機械製作所のケースを紹介したが,成功のポイントは「シリコン研磨」という技能と「電解砥粒研磨」という技術を融合させたことである。

 また,激烈なコスト競争を繰り広げている大型液晶テレビを取り上げた以前のコラム記事では,次世代製品向けの新しい生産技術の開発競争が激化している状況を紹介した。その中で,シャープの戦略は,日本の製造業のお家芸である樹脂成形,金型加工技術,微細成形技術を垂直統合的に取り込むことだと述べた。この勝負の行方はまだ決着していないが,シャープにとっては,日本の製造業が持っていた技能をいかに上手に技術に融合できるかがポイントであることは間違いないだろう。

壁がまだ高い「技術・技能」と「科学」

 このように技能と技術の融合が比較的順調なのに対して,科学との融合はまだ成功事例が少なく,今後の課題であろう。前々回のコラムでは,兵庫県が「播磨科学公園都市」内に設立したシンクロトロン放射光設備について紹介した。兵庫県は「中小企業の方にも播磨地区に進出していただいて,新しいものづくりを開拓してほしい」と話すが,中小企業にとってまだ敷居が高いのが実情だろう。筆者は「これまで蓄積してきた日本の強みとしてのものづくりの手法をベースに,最先端ナノテクノロジー技術を融合する形で,ものづくりをさらに高度化することが日本の製造業の競争力のアップにつながる」と期待を込めて書いた。

 筆者は仕事柄,技能・技術,つまりこれまでの狭義のものづくりを重視する方と,科学の「知」を使ってイノベーションを起こすことが重要だとする方の両者のお話を聞く機会があるが,両者の間にはまだ高い壁があるようだ。技能を重視する方は「科学だけではものはできない」と主張し,科学を重視する方は「技能を美化することがイノベーションを阻害している」と見る傾向がある。まずは謙虚な姿勢で,互いの「良さ」を認識し合うという度量が大切なのかもしれない。

アジアとの共生の思想を

 「ものづくりパラダイム」のもう1つの特徴は,既存の会社組織や国家組織すら超えて連携が拡大していくことだという。とりわけ重要なのがアジア諸国との分業体制の構築である。同ビジョンでは「アジア・ユーラシアを中心に国際的な最適機能分業体制の構築をしていけなかればならない。それが我が国を含めた国際的な利益の創造につながっていく」とうたう。

 アジア諸国を巻き込んだグローバル経済の中で「ものづくりパラダイム」が力を持てば,ものづくりDNAを持つ日本は明らかに主導権を握ることができる。そのために,同ビジョンでは「MONODZUKURI」という言葉を国際的に通用するキーワードとするべきだ,とまで主張する。

 ただここで気になるのは,日本の強さの象徴のような「MONODZUKURI」という言葉をアジア諸国が受け入れてくれるのかという問題である。筆者が見たところ,今のところアジア諸国の多くは日本の「ものづくり力」に感心し,学びたいと思っている。そうしたアジアの要望に応え,「ものづくり力」を積極的に伝授していけば「ものづくりパラダイム」の共有は可能かもしれない。ただその一方で,日本にノウハウを残し,知的財産面でもきちんと管理することも重要である。その両者のバランスをうまくとっていくことはなかなか難しいだろう。

 このように難問は多く,国や地域によっていろいろな事情はあるものの,おしなべて日本とアジア諸国は,欧米と比べれば宗教面でも自然に対する考え方でもかなり同じ価値観を共有しているように思う。「ものづくり」だけではなく,さまざまな局面で新しい時代を一緒に作っていける素地があるのではないかと考える。