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安全の大前提=性悪説?

 「日本流・性善説」「欧米流・性悪説」という考えが頭の中を渦巻いている状態で,次の向殿氏の講演が始まった。そのせいか,向殿氏が「安全に関する大前提」について話すのを聴いていて「これこそ『欧米流・性悪説』ではないか」と考えていた。

 安全の大前提とは「機械は壊れるものである」「人間は間違えるものである」「絶対安全は存在しない」というものである。特に注目したいのは「人間は間違えるものである」というテーゼだ。この考え方を拡大解釈していくと,「人間の中にはとんでもないことをするものがいるものだ」→「人間の中には悪いことをするものがいるものだ」→「人間は悪いことをするものだ」ということになりそうである。

 例えば米国に,猫を電子レンジに入れて乾かそうとしたら猫が死んでしまったので,電子レンジメーカーを訴えて和解金をせしめて示談したという有名な話がある。これは日本人から見れば「とんでもないこと」でも,そうした「とんでもない人がいる」ということを念頭におかねばならない,ということを米国社会は製造業に要求していることを表している。つまり,安全を確保するには「性悪説」をベースにせざるを得ないということで,日本人にとっては,厄介なことに違いない。

 しかし向殿氏の話を聴いていて,こと安全に関しては「性悪説」の方がいいのではないか,とも思った。例えば,工作機械などの安全が問題になる労働災害の死亡者数は,1973年の時点で5000人を超していた。それから年々減ってきてはいるものの,2004年になってもまだ1620人の方が亡くなっている。負傷者数は12万2804人にも上る。しかも最近の傾向では,大手企業の災害はゼロに近くなってきているが,その分,中小企業の災害の比率が高くなってきているという。

「性善説」が事故を引き起こす?

 「性善説」の日本では,管理側が「うちの作業者は優秀なので,まさか間違えるわけはない」と考えがちである。作業者自身も「まさか自分に限って間違えることはない」と過信しがちである。その過信が,安全装置の無効化につながる。安全装置が作動するといちいち機械が停止して生産性が落ちるので,安全装置を止めてしまうのである。3年前の統計だが,例えばプレス機械で指をなくす事故にあう人は日本で年間2000人もいるのだという。

 向殿氏はまた,1989年~2003年までに東京,埼玉で発生した機械による死亡事故の原因分析をした結果を明らかにした。死亡事故のうち,挟まれ,巻き込まれ,激突といった設備的要因によるものが129件あった。この129件中102件(79.1%)が「国際安全基準の考え方に従って設備が作られていれば死亡事故に至らなかった」という。国際安全基準の考え方とは「人間はミスをするものだ」という考えを基に,例えばミスをしたらラインが止まるように設備を構成することである。

 ラインが止まれば生産性は下がるが,とにかく人が死ぬような事故をなくすことを第一に考える。これをしっかり実践するには,「性悪説」をベースに欧米の主導で策定された国際安全基準をきちんと導入することが重要のようだ。その上で,日本流のやり方で人間がミスをしないように注意すれば,設備が止まることはなく生産性が上がることになる。つまり,安全第一で考えても,安全の確保と生産性の向上は両立できるということになる。

 ここで,前述の佐々木氏が焦点を当てた品質を加えると,ものづくりを進めるうえでの順序は「安全第一,品質第二,生産性第三」ということになる。お二方のお話を続けて聴いて,あらためてこの順序で考えることの重要性を痛感した。同時に,ものづくりに対する考え方として「日本流・性善説」「欧米流・性悪説」という違いがあることを認識し,安全を考える場合には欧米流を,品質を追求する場合には日本流といったように「いいとこ取り」するような姿勢が大切だと思った次第である。