先々週の11月27日,日本経済新聞社が運営している「2006年日経ものづくり大賞」の表彰式が都内のホテルであった。受賞企業を代表して挨拶された東芝社長の西田厚聰氏のお話を聴き,さらに懇親会で『日経ものづくり』誌推薦の「日経BP特別賞」を受賞した岩崎精機社長の岩崎軍忠氏と懇談させていただいて次のようなことを感じた。日本の製造現場の競争力を上げる重要なポイントの一つが「形式知化の見極め」と「失敗から学ぶこと」ではないか,ということである。
「日経ものづくり大賞」とは,「最先端の技術や先進的なものづくりの仕組みを採用した工場や研究所,技術センターなどの拠点,そこで導入されている製造工程や技術・技能の教育や伝承などのためのシステム・仕組・手法を表彰する」ものである。企業・団体の応募の中から6人の委員からなる審査委員会が選考する。『日経ものづくり誌』も参加しており,同誌が推薦した事業所の中から選考した事例を「日経BP特別賞」としていることから,筆者も表彰式に参加した。
受賞企業は,松下電器産業の「MPDP尼崎工場」,花王「ヘルスケアリサーチセンター」,東芝「四日市工場内300mmウエハー対応製造棟」など12事業所である(受賞企業一覧)。今回の日経BP特別賞には,岩崎精機の「青柳工場」が輝いた。
「ものづくりを極限まで磨き上げる」
受賞企業を代表して東芝社長の西田厚聰氏から挨拶があり,同氏はまず「発展途上国の激しい追い上げや国内労働人口の減少など,製造業を取り巻く環境は厳しさを増している。そうした中で私たちは,独創性ある発想を取り入れた技術を開発して日本の製造業を牽引していかねばならない。そのためには,製造業をさらに魅力あるものにし,ものづくりを極限まで磨き上げる必要がある」という「決意表明」を語った後,受賞した300mmウエハーラインの特徴について説明した。
同ラインは,NAND型フラッシュ・メモリーの300mmウエハー対応第3製造棟(Fab3)である。2005年7月に量産を開始した。ウエハーの口径をこれまでの200mmから300mmに大型化するとともに,ウエハーを入れた容器を自動搬送できるシステムを導入し,容器をセットする手作業の手間と待ち時間を省くことによって,生産性を従来に比べて6.1倍まで高めたのがポイントだという。
その背景にあるのは,熟練技術者の退職が集中する「2007年問題」や少子化の問題に製造業としてどう取り組むかであると西田氏は言う。このため同社は,第3製造棟の立ち上げにあたって,暗黙知化している製造ノウハウを形式知化して,コンピュータに移植して伝承しやすくしたとする。
具体的には,約1年かけてクリーンルーム内で作業者がどのように装置を動かしているかを調査した。いかに高効率に装置を稼動させるかはノウハウであり,多くは暗黙知であった。例えば,ウエハーの投入や装置の検査工程などは人間の判断を必要とするプロセスである。これらのノウハウをドキュメント化して,形式知化することにより,コンピュータシステムに置き換えていった。これによって,装置の稼働率を10%向上させ,ラインの立ち上げ期間を短縮し,スキルレス化を達成することによって,技術者不足問題の解消に役立ったと西田氏は語る。
「本当に必要な技能のみを『人』に残す」
さらに筆者が「なるほど」と思ったのが,「現場における判断などのノウハウをコンピュータに移植する一方で,本当に必要な技能のみを『人』に残す」というくだりであった。これはつまり,なんでもかんでもコンピュータにやらせればいいというのではなくて,どこまでが形式知化でき,どこからが暗黙知のままなのか,見極めが大切だということのようである。
要は,形式知化に乗り遅れると効率化の面で大きなハンデを背負うので,ギリギリまで形式知化を追求し,そして残された,人間にしかできない部分で創造性を発揮することが重要,ということであろう。
西田氏は挨拶の最後をこう締めくくった。「イノベーションを常に創出し,新たな価値を次々と生み出すことが結局は企業を成長に結びつけ,ひいては産業の拡大,日本経済の成長発展につながると確信している。創業以来の精神である『あくなき探究心と情熱』を今後も絶やすことなく,ものづくりのイノベーションに向けて果敢に挑戦をつづけていきたい」。
西田氏の言う新たな価値創造は,コンピュータにできることはコンピュータに任せ,人間にしかできないことを見極めることから生まれるということではないか,と聴いていて筆者は思った。
西田社長の挨拶と受賞式が終わって,懇親パーティーへと移った。筆者は,「日経BP特別賞」を受賞した岩崎精機の岩崎社長と懇談させていただいた。
岩崎精機は,ソニーの高音質ICレコーダーに採用された純チタン製の筐体を量産する加工技術を開発した。これまで不可能だとされていた純チタンの深絞りのプレス加工を実現したことが高く評価されたのである。岩崎精機,新日本製鉄(Tech-On!の関連記事),ソニーの3社が共同開発したもので,この3社の見事な連係プレーによる開発の様子は,『日経ものづくり』の2006年6月号で詳しく紹介されている。