「企業トップはすぐクビにできるように」
赤坂氏 一つ言えるのは,海外メーカーのトップは任期がない代わりにいつでもクビにされるということです。日本ですと黒字になっただけで少なくとも任期中は安泰だったりしますが,海外では「韓国メーカーが8000億円も利益を出しているのに200億円とはどういうことだ!」と株主に突き上げられて,即クビでしょうね。トップに対する厳しさがまったく違います。
筆者 日本は「ぬるま湯」ですか?
赤坂氏 そう,「ぬるま湯」に浸かっているトップが多いのではないかと思います。何かをしてもしなくても同じで,大過なく過ごせば決められた任期をまっとうできる仕組みが「ぬるま湯」状態をつくり出しているのではないでしょうか。
筆者 勝とうと思ったら,海外メーカーのやり方を見習わなければならない,ということですか?
赤坂氏 なんでもかんでも真似しろとは言いません。ただし半導体産業のようにグローバル競争の真っただ中に置かれている企業は,いやおうなしに同じ土俵で戦わないといけない。少なくとも,海外企業のトップが会社の存在意儀やビジョンを全社に提示することを,なぜ最重要視しているのかを知る必要はあると思います。
私が在籍していた米国企業では,国際政治や経済環境から始めて,半導体産業,競合や顧客,マーケットの状況はもとより,パラダイムがどう変化してビジネスモデルをどう変えるかを徹底的に議論して,それをビジョンやミッションという形で「結晶化」していきます。全世界の幹部を集めて3日3晩,缶詰になって全社ビジョンを話し合います。このビジョンがすべての出発点になりますので,参加者は真剣そのもので議論はかなり激烈なものです。内部の人間だけではなくて,時には「イノベーションのジレンマ」のクリステンセン氏や,「Built to Last」のコリンズ氏といった外部の有識者を呼んで話し合います。
この3日間の議論を年に5回くらいやりますので,全部で15日ぐらい使って,新しいビジネスモデルやそれを実現するための組織体制のあり方まで議論します。この上位ビジョンを基にしてさらに,各地域支社,各部門ごとにビジョンをつくるわけです。こうしたビジョン作りの議論を通して,互いの共通の理解のうえにモチベーションの高い組織ができることにもなります。
筆者 日本メーカーはビジョンをつくるにあたってしっかり議論していないということですか?
「形だけの権限委譲」
赤坂氏 企業にもよると思いますが,ビジョンやミッションをつくるそもそもの動機である「なぜこの会社は存在しなければならないか」を考える習慣がないのではないかと思います。日本企業は,ビジョンの本質ではなく,例えば,意思決定を早めるための「権限委譲」という形だけを真似しようとする。分社化してスピード感のある経営をしようとしてもうまくいかないのは,すべて「なぜビジョンが必要なのか」という根本のところを理解していないからです。
筆者 確かに,「権限委譲」されたはずの子会社のトップや部門長は実際には何も決めることができず,結局は本社の経営会議がすべてを決める,という話はよくあるようです。
赤坂氏 なぜだと思いますか? その子会社のトップや部門長の役割と責任がきちんと決められていないからです。そこが曖昧だから,「境界」のところでいつも揉めることになる。その役割と責任は,ビジョンやミッションから演繹的に決めるもので,そもそもビジョンがなければ決めようがないのです。日本では「成果主義」もうまく機能していないところが多いですが,それも役割と責任がはっきりしていないから,「成果」そのものが具体的に共有できないためです。
筆者 職種にもよりますが,「成果」の定量化は難しいですよね。それは米国でも日本でも変わらないのではないですか?
赤坂氏 いや全然違いますね。繰り返しになりますが,米国では上位ビジョンに沿って,各部署のビジョン,個人のミッションを決めていって,それに連動して,できる限り具体的にその期の目標や戦略を立てます。その目標は,誰でも見えるものにしようとしています。それと,なんと言いましょうか,会社がソフィスティケートされている必要がある。
例えば,ある課のその期のミッションを「某社に納入している製品のシェアを5%上げる」ことにしたとします。そのミッションを立てる上で大切なのは,その某社の現在の市場シェアはどのくらいで,来年の某社の総投資額はいくらで,こちらが扱っている製品の領域で某社がどの程度投資する予定か,といったデータがすべてそろっていなければならない,ということです。こうした詳細なデータを作れるレベルまで会社がソフィスティケートされていなければ目標管理はうまく行きません。
筆者 そうしたデータは誰が作るのですか?
赤坂氏 マーケティング部門です。米国企業では一般にマーケティング部門が日本に比べて強く,戦略的に動いています。
筆者 ここまで聞いてきて,米国企業の最大の特徴は「ビジョン」そのもの,および「ビジョンの決め方」にあるようです。具体的にはどんなものだったのですか?
赤坂氏 私のいたApplied Materials社では「私たちの使命は,革新的かつ高付加価値な製品,プロセス・モジュール,およびサービスなどのトータル・ソリューションを提供することによって,お客様の生産性向上に貢献するリーディング・カンパニーになること」というビジョンを持っていました。当たり前で簡単な言葉のようですが,この中に出てくる,「革新」「高付加価値」「リーディング・カンパニー」「生産性向上」といった言葉は,徹底的に議論した末に盛り込んだものです。
例えば,ここにある「生産性向上に貢献する」という文言から,量産プロセスにしか装置を提供しないという姿勢が出てくるわけです。例えばその後,営業現場から「大学のような研究機関やコンソーシアムに装置を供給したい」と要求が出てきても,このビジョンにさかのぼって「それは我々のビジョンに照らして,するべきことではない」と判断できるわけです。
筆者 そのビジョンは,パラダイム・シフトやビジネス・モデルの変化に対応したものなのですか?
赤坂氏 そうです。例えば,「プロセス・モジュール,およびサービスなどのトータル・ソリューション」というところにそれは表れています。装置メーカーとして,装置に加えて,ソフトウエア,プロセス,プロセス・モジュール,さらには「この材料を使ってこの装置をこう使えばデバイスがつくれますよ」というトータル・ソリューションを提供しようというものです。確かに,顧客のニーズを綿密に調べたことが反映されていますが,それだけにとどまらずにむしろ積極的にパラダイムを変えようとしたのです。日本の半導体メーカーにはなかなか理解されなかったのですが,韓国や台湾など海外の半導体メーカーには広く受け入れられました。
筆者 日本の半導体メーカーはパラダイム・シフトを見誤ったということですか?