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米国:専門分化,日本:多能工的

 さらに考えると,日本の製造業が擦り合わせ型プロセスからモジュラー型プロセスへの移行がスムーズに進まないのは,その「切り分け」がうまく行っていない,という面があるのではないだろうか。

 というのは,米国では専門分化が進んでおり,イノベーションを担う技術者と,それに基づいたルーチンワークを効率良く行ってものをつくり出す作業者は分化している。前者は擦り合わせ型プロセス,後者はモジュラー型プロセスという具合に役割分担が容易で「切り分け」がスムーズに進みやすいのではないかと思う。

 例えば,これはよく言われることだが,日本で言う「設計者」は米国では「エンジニア」と「デザイナー」に分かれている。エンジニアはアイデアを出して創造的な製品を生み出す。イノベーションの担い手といってよいだろう。これに対し「デザイナー」はエンジニアの構想を具体化して,実際のものに仕上げていく。比較的ルーチンワークに近い作業と考えていいだろう。

 これに対して,日本ではそうした専門分化が進んでおらず,ひとりの人間が構想から具体的な検証まで「多能工」的に行うことが多い。このため,擦り合わせ型プロセスをルーチン的な作業にまで適応してしまって「擦り合わせ過剰」をもたらす,ということが言えるのではないだろうか。

「設計」と「生産」の日米比較

 こうした日米の分業についての考え方の違いは,「設計」と「生産」の関係にも表れている。以前にこのコラムでも紹介したトヨタケーラム社長の新木廣海氏の『日本コトづくり経営』(日経BP社,2005年12月)という本によると,「欧米の技術者の世界では,生産準備や生産側に比べて設計側が一段偉いという発想」があり,「設計が絶対的な権限を持ち,生産準備以降は言われたとおりにやるだけ」ということだ。これ対して日本では,設計と生産準備・生産は対等であり,後工程の技術者が設計者に対して「こんなのでは困る,こうやって欲しい」と注文をつけたりするのだという(同書pp.38-39)。

 このように,米国ではエンジニアの発想をベースに後段を担う担当者が実際のものをつくっていくということから類推するに,生産が軌道に乗った段階でモジュラー型のプロセスに移行しやすいという面があるのではないかと思う。QCDを高めるための基本がモジュラー型のプロセスであるとすれば,これはメリットに違いない。一方で,日本では設計と製造が平等であることからお互いの擦り合わせをする傾向が強く,モジュラー型のプロセスをとりにくいという面がデメリットになっているようである。

イノベーションは製造・生産段階にもある?

 ただここで混乱させるようで申し訳ないが(筆者が混乱しているだけかもしれないが),「設計=擦り合わせ,生産=モジュラー化」というわけでもない点に注意したい。イノベーションは,設計段階だけでなく製造・生産段階でもある。生産性を飛躍的に高められる新しい工法は,独創的な製品を生み出すことと同じようにN項対立を解決する必要があり,擦り合わせ型のプロセスが向いていそうである。モジュラー型のプロセスでは独創的な工法は生み出せそうにない。このことは日本メーカーにとって大きなメリットになっている。

 要は,「設計」や「製造」という分野を超えて,イノベーションが要求される時には擦り合わせ型のプロセスを,それを基にして実際にQCDを作りこんでいくときにはモジュラー型のプロセスを臨機応変に採用することが大切なのではないかと思う。前述したように,技術者の分業の考え方の違う日本では難しい面はあるが,製品をとりまく環境を客観的に分析することによって克服できる方策はあるのではないか。

 少なくとも,モジュラー型のプロセスから擦り合わせ型のプロセスへの移行は簡単なことではないが,擦り合わせ型のプロセスからモジュラー型のプロセスへの移行はその気になりさえすれば,そう難しいことではないのではないかという気もするのである。