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当たり前のことがなぜできないのか

 つまり,小さな形状ならそれなりの小さいエネルギーと資源でつくる,というなのかと感心しながら話を聞いていたが,つい口に出た。「考えてみれば当たり前の話ですよね」。すると竹内氏の口調が熱を帯びてきた。

 「そう,当たり前の話ですね。でも,今の成形機の業界ではその当たり前のことがなかなかできない。その理由は『分業』にあります。成形機や金型メーカーのみならず,その要素であるスクリュー,ホットランナー,減速機といった細分化された部品のメーカーが,それぞれ自分の領域を守りながら発展させようとしますね。大量の樹脂を金型に投入すると金型の温度が上がるためにいかに冷却するかという技術開発も進む。しかし,そんなことをしているうちに,おのおのの部品を組み合わせた成形機はどんどん大きくなって,こと小型の部品をつくるという面では本来の目的からずれてきてしまったということではないでしょうか」と竹内氏は言うのである。

 筆者はそれを聞いていて,日経ものづくりのK編集長の「手段と目的はすり替わる」というブログを思い出したが,その一方で,これは「分業」と「垂直統合」のどちらに経済合理性があるのかという問題であり,それを決める環境や要因とは一体何なのだろうか,と思った。

 まず考えられるのは,日本の製造業を取り巻く環境が変化して,既存の成形機を使っていては成形業を成立させるのは難しくなってきたことがありそうだ。竹内氏によると,既存の成形機が適しているのは,ラジカセやテレビなどの比較的大型の部品を大量生産する場合だ。ホットランナーを使うにしても,金型側に付けるのが普通であるために,ひとつ一つの金型それぞれに高価なホットランナーを取り付けるには大量生産が絶対条件になる。つまり,既存の成形機は,比較的大型の部品を大量生産することに向いており,そうした成形機を大量に購入して成形しているのは,現在では日本よりむしろ,中国や台湾のメーカーである。

 日本で成形を続けるには,携帯電話機や携帯型デジタル音楽プレーヤ向けといった小型で多品種少量の部品をつくる---それも,従来のように大量の樹脂を大きなエネルギーで金型に押し込むのではなく,少量の樹脂を小さなエネルギーで金型に入れる方法が一つの道ではないか,と竹内氏は見ているのである。

10年以上前から訴えていたインライン化の重要性

 また,こうした超小型射出成形機で有望視されている分野の一つが生産ラインの中に組み込む使い方である。実は,竹内氏は,日経メカニカル誌が1994年に発行した別冊『樹脂部品コストダウンの新手法』に「新生産ラインで物流コスト削減」という論文を寄せている(その際の編集担当者が筆者だった)。これによると,同氏はすでに10年以上前に,分業化された専業生産方式では物流コストが跳ね上がると指摘し,それを下げるには,生産ラインの横で部品を製造・供給するインライン化が必要だと述べ,そうした生産ラインを「スクランブルライン」と呼んでいる。

 つまり,樹脂部品などの成形品では,前述したように成形機が大量生産を前提に設計されているために,協力メーカーが成形工場で大量生産して箱詰めしてセットメーカーまで運搬する物流コストがかかる。加えて,各段階で在庫を持つ必要も出てくる。そこで,「スクランブルライン」では,ラインの横でパーツフィーダーのように必要なだけ樹脂部品を供給する。そのため,「スクランブルライン」を構成する成形機は,「メーキングフィーダー」とも呼ばれる。

 竹内氏はこの論文の中で既に「スクランブルライン」に使う成形機として,ユニット金型や円錐スクリューの考え方を述べているが,その後10年かけてそれらを発展させて今回の超小型射出成形機を作り上げたというわけである。採用例を聞くと,「ある大手電機メーカーが既にこの射出成形機を生産ラインに導入し始めている」とのことであった。

 また,射出成形機でもこれほど小型になれば,工場というよりオフィスでも簡単に設置できる。電源も通常の交流100Vで済む。より高付加価値な携帯型電子機器を日本で製造しようという機運が高まれば,ごく少量で多品種の樹脂部品をそれこそ東京の山の手線内という都心で作って供給するようなニーズも出てくる可能性がある。「山の手線内工場化計画ですよ」といって竹内氏は笑った。

二つの生き方

 ところで,竹内氏と昔話をしていて少しショックだったのは,当時竹内氏と競い合うように,ユニークな新技術開発に取り組んでいた中小の金型メーカーや成形メーカーの多くが倒産していたということである。倒産後,彼らの多くは台湾や中国の巨大EMS企業に招聘されて,技術指導を行っているのだという。

 もっとも,東京大学 生産技術研究所の元教授で,金型や素形材の権威である中川威雄氏でさえ,台湾の巨大EMSの子会社の社長として,日本の成形加工ノウハウの移転に注力している時代である(このあたりのことを書いたコラム)。日本で仕事がないならば,台湾や中国の企業のために働くのも一つの生き方に違いない。

 実際竹内氏も,あるEMS企業から誘われて中国の深センにある巨大EMS工場を見学したことがあったという。最新の成形機がズラッと並ぶ規模の大きさに驚いたが,もう一つ驚いたのがかつて日本で切磋琢磨して頑張ってきた同業者が工場で指導に当たっていたことだったそうだ。

 明らかに,大量生産を前提としたこれまでの成形技術や事業の主流は日本から中国などアジア諸国に移っている。そうした状況の中で竹内氏は,新開発した小型射出成形機について,「海外に出すのはやめようと思っている」と語った。

 そういえば,10数年前,竹内氏と話していて,同氏が新しい技術を開発しようという動機の一つが,当時円高で生産拠点が東南アジアに移転することにより問題になった空洞化を解決したいと言っていたことを思い出した。「日本でものづくりをしたい」という気持ちを17年間持ち続けていた,ということだろう。それもまた,日本の中小企業の一つの生き方に違いない…などと思いながら,すっかり日が暮れて,ひと気のなくなった商店街を通って,池上線の駅に向かったのだった。