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 イノベーションの“合唱”が始まった。

 安倍晋三首相は9月29日、所信表明演説において「イノベーションの力とオープンな姿勢により、日本経済に新たな活力を取り入れ」ると述べた。これに先だって、日本経済団体連合会(経団連)の御手洗冨士夫会長は5月24日、会長就任の挨拶で「INNOVATE 日本」というスローガンを掲げ、「広義のイノベーションによる全要素生産性」の向上に取り組んでいくとした。経済同友会の北城恪太郎会長は1年半前の2005年4月26日、「イノベーション立国・日本を目指して」と題した提言を発表し、イノベーションについて「過去を断ち切り、現状に挑み、未来の価値を創造する」と述べている。

 安倍首相の所信表明に関し、日本経済新聞は表明の前日9月28日の夕刊一面に、「技術革新で成長力強化」と見出しをつけて内容を報じた。続く29日の朝刊でも「技術革新で長期戦略」と大見出しを一面に掲げている。実際の所信表明で安倍首相は、イノベーションという言葉を使っており、技術革新という言い方はしていない。ただし、新聞一面の見出しに「イノベーション」という長いカタカナは使いにくいので、新聞は技術革新という訳語を当てたわけだ。

 イノベーションをどのような日本語に訳すべきか、これはなかなか厄介な問題である。お隣の国チャイナはイノベーションを「創新」と訳している。これまでとは違う新しいことやものを創り出すという意味で、技術革新よりは適切な訳と言える。英語のイノベーションも、技術に限定した言葉ではない。

 イノベーションを論じた経済学者のヨゼフ・シュンペーターは『経済発展の理論』の中で、イノベーションを「生産的諸力の結合の変更」と定義している。シュンペーターは「新結合」という言葉を使っており、これがイノベーションと訳されている。新結合の例としてシュンペーターは、新しい財貨の生産、新しい生産方法の導入、新しい販路の開拓、原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、新しい組織の実現、を挙げている。要するに、従来とは異なること、従来の延長線上にはないこと、に取り組んで成果を出すことがイノベーションであって、必ずしも技術の革新を伴うとは限らない。

 新結合の説明の中で、シュンペーターは「馬車から鉄道への移行」を例として引いている。つまり、蒸気機関という技術が世の中を変えたわけではなく、蒸気機関を使った鉄道という新しいものが生まれ、馬車にとってかわり、世界を一変させたのである。つまり、イノベーションは蒸気機関の発明ではなくて、鉄道のほうであった。

 安倍首相がイノベーションをどのような意味で使っているのか、所信表明からは読みとれない。所信表明には「成長に貢献するイノベーションの創造に向け、医薬、工学、情報技術などの分野ごとに、2025年までを視野に入れた、長期の戦略指針『イノベーション25』を取りまとめ、実行します」とある。

 問題は、25年も先をどうやって見極めるのか、ということである。個別の要素技術についてはそれなりに先行きを見通せるかもしれない。しかし問題は、技術の将来ではなく、その技術を使ってどのような革新ができるかである。25年先に生まれる、新しい「鉄道」は何であろうか。これを技術予測だけでは見通せない。25年先に社会がどうなっているか、あるいはどうなっているべきかを考え、そこから必要とされるイノベーションを「想像」し、「創造」しなければならない。

 こうした創造的な取り組みは政府の主導によって実現されるのだろうか。まず無理である。社会生態学者のピーター・ドラッカー氏は『新しい現実』の中で、「日本政府は、ほとんどつねに間違った産業のために計画を立ててきたにすぎない」と喝破している。本来、政府が取り組むべきは、民間がイノベーションに取り組む時の阻害要因を取り除くことだ。安倍主張の所信表明に盛り込まれていた「オープン」な姿勢という言葉が、自由闊達な経済活動ができることを意味していると期待したい。

 いっそうの規制緩和や新規事業への優遇措置が進められた場合、企業側はどうすればよいのか。研究開発に取り組むことはもちろん重要だが、蒸気機関だけ作って満足してしまい、鉄道を生み出せなかったら、経済発展にはつながらない。そのために、2003年から2004年にかけて話題となった「技術経営(マネジメント・オブ・テクノロジー、MOT)」の意義を再度考えてみる必要がある。MOTの定義は人によって様々だが、MOTを「イノベーションを起こすために必要な行為」と定義とするならば、研究開発のマネジメントにとどまらず、商品やサービスの開発や事業運営まで含む、広範囲な領域の改革に取り組まなければならない。引き続き、広義のイノベーション、広義のMOTについて考えていきたい。