PR

 先日、筆者が技術誌の記者時代に取材でよくお世話になった方にお会いした。大手エレクトロニクス・メーカーで一貫して研究開発畑を歩み、後年はある事業の技術全般を統括する地位におられた、業界では有名な方である。何でも、そのメーカーを退職して、ある大学で教鞭を取っておられるらしい。筆者は常々、その知識と技術に関する鋭い分析眼、俯瞰力に敬意を抱いていたので、心からそのことを喜んだ。「それは素晴らしい。ぜひ立派な技術者を養成してください」と。

 ところが彼は、そこでちょっと戸惑うような表情を見せつつ言った。「いや、違うんです。教えるのは技術ではなくて、技術経営なんですよ」。研究開発の経験も実績も豊富だから技術について熟知しているはず、メーカー出身だから経営のこともわかっているだろう、技術と経営がわかっていれば技術経営は教えられる、という理屈を大学は持っているらしい。「要するに、技術経営(MOT)の講座を作ろうとしたけど、大学には技術と経営の両方を知る人材はいなかったということですよ」。

 彼から「MOT」という言葉を聞いて、なにやら懐かしい気持ちになった。大分トーンダウンしてしまったように感じるが、数年前「MOT(技術経営)ブーム」ともいえる現象があった。「失われた10年」と呼ばれる長い不振にあえぎ、自信を喪失したメーカーが「私たちには世界に冠たる技術力がある。それなのに利益を上げられないのは経営力が足りないから」と総括し、それを受けて国が動いた。それなりの資金を投入してMOT教育の体制整備に乗り出したのだ。それでなくても学生数の減少に悩んでいた大学がこれに飛びつき、MOTをテーマとする大学院や社会人教育講座が続々と誕生した。別にそのお裾分けをいただこうと思ったわけではないが、弊社も「技術経営戦略誌」と銘打って『日経ビズテック』というムックを発行、計10冊を世に問うた。

 多くの大学が一斉にMOTのコースを立ち上げようとするから、人手が足りなくなる。そこで、多くの企業人が大学に転職した。けれど、彼らは技術経営の専門家ではない。教授になるために必要な博士号をすでに保有している方も多くおられただろうが、たぶんそれは「分子線エピタキシー法による化合物半導体の・・・」といった理学、工学分野の研究成果に対して与えられたものだろう。それでも教壇に立ち、経営を語る。それが悪いと言いたいわけでは全くない。始まりは、いつもこんなもの。始めること、その一歩を踏み出すことこそ重要なのだと思う。

 人手が足りないということで、駆り出された方たちはほかにもいる。従来から経営学を専門としていた教授の方々だ。「技術経営は経営学の一分野である」と考えれば当然のことだろう。こうした「根っから大学教授」の方々が司る技術経営関連の催しというのは、自身が参加した少ない例から言えば、企業OBの方たちが始められたそれとは、随分毛色の違ったものだった。一言で表現すると、「アカデミック」なのである。あるシンポジウムは、日本国の補助金(税金)を使って開催されていながら、いくつかの日本人教授による講演は英語でなされていた。あとで聞いたことだが、彼らの成果たる論文も英語で、海外の学術誌に掲載されているのだという。これについてはいささか不満がないでもないが、やはり、始めの一歩を踏み出したことの方がはるかに重要なのだと思う。

 彼に会ってしばらくしてから、メーカーから大学に転じた大先輩にお目にかかった。「企業人向けのMOTコースが増えているようですね」と話しかけたら、「それがアカンのや」という反応が返ってきた。発言の主は、松下電器産業で副社長を務めておられた水野博之氏である。「そもそも大学の学者さんは、何も知らんのに理屈ばっかり並べて、何の役にも立たん、こう水野が言っていたと書いてもらって一向にかまいませんで」とおっしゃるものだから、ちょっとビビりながらも書かせていただいた。

 水野氏は言う。経営などというものは、きれいな、すっきり割り切れるものではない。そこを、ほとんどの学者さん達は理解していないと。だからといって、学者のすべてを否定しているわけではない。米国の経営学者は別だと言う。彼らは「偉そうに言うだけでなく、やって見せる。そこがエライ」。例えば、米国の大学では、経営学者たちにファンドを運営させている。実際に企業を「目利き」し、投資し、ときには経営的な助言を与える。こうして得られた運用益は、大学によっては年率5割以上に達するらしい。この利率が、同時に大学の格付けにもなる。スタンフォード大学でも教鞭をとった経験のある水野氏の証言だから本当なのだろうが、何ともすさまじい。

 一方の日本でも、大学発ベンチャーなどが奨励され始めた。ただし、国主導ではあるが。仮説を立てたら実験し証明するという理学や工学ではおなじみの手法が、経営学の世界にも持ち込まれようとしているのかもしれない。

 水野氏にお目にかかった後、ある大手メーカーの現役役員に会う機会があった。MOTや大学発ベンチャーの話をしたところ、彼は「そうした努力によって経営学がもっと実戦的なものになったとしても、それで何が変わるわけではない」と断言した。その理由はこうだ。経営学を必要とするのは経営者。でも日本の企業では、経営者になるまでに30年もの時間を要する。最近は40歳代の社長も登場しているが、それでも約20年かかる。「大学で一生懸命に経営学を学んでも、その成果を発揮できるのは早くて20年、遅ければ30年も後。それまで学んだことを憶えていると思いますか」。

 彼はこう付け加えた。「もっと悪いのは、その人が大学で勉強したことをしっかり憶えていた場合ですよ。何しろ30年前の経営理論で会社を経営するわけですから」。

 確かに、それはちょっと怖いかもしれない。

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。