PR

 日本においてマネジメント・オブ・テクノロジー(MOT)の重要性が叫ばれ始めたきっかけは、優れた技術が日本にあるにもかかわらず、その技術力を産業の競争力に反映できていないということであった。それではまずいということで打ち出したMOT関連の施策として、大学の技術を直接産業化させるプロジェクトがある。「大学発ベンチャー1000社」の達成を狙った、いわゆる平沼プランだ。このプラン通り、1000社という数値目標については達成されたらしい。しかし、その経営面における実情は、かなり厳しい状況にあるという。

 大学発ベンチャーの課題としては人材不足が大きいといわれているが、今回はあまり議論されていない大学発ベンチャーの資金面について考えてみたい。多くの大学発ベンチャーは、何らかのかたちで投資家から資金を借りている。筆者が気になるのは、大学発ベンチャーに出資した投資家の考え方である。

 筆者は、技術と経営の融合を主な事業領域として約20年間、大手企業に対するコンサルティング業務を行ってきた。そこで気付いたことだが、近年、新規事業を経営者が評価するとき、「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」という言葉をよく耳にする。この視点は、米国のベンチャーキャピタリスト(VC)が要求する評価基準と合致する。筆者が米国系コンサルティング会社に在籍していた当時、同社の新規事業に当事者として携わった。その時、必ず米国のVCが口にしていたのが、「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」という評価基準であった。

 この基準は、なかなか達成が厳しいものである。設備投資を必要とする製造業の新規事業創出において、この基準を満たすことはほぼ不可能だろう。そのことは多くの読者から同意いただけることと思う。つまり、基準を満たそうとすると、大学発ベンチャーで製造業を始めるのはムリ。しかたなく、サービス業や知的財産の販売、受託研究開発といった業態をとってしまう。そして、沢山の会社が生まれたけど、将来大きく飛躍する可能性を秘めた製造業はほとんどない、という状況が生まれるのである。

 つい先日、日本のVC数人から、同じ評価基準を聞いた。彼らに、いくつかのビジネスプランを聞いてもらったのだが、「メーカー活動を指向しているプランが多いが、このような長期的計画かつ大規模な投資を要求されてもVCとしては、資金提供はできない」という反応であった。つまり、「もっと短期的に収益性が改善できる開発会社とか、知的財産の販売などの業態を考えたらどうか」というアドバイスである。

 ちなみにこのやりとりがなされたのは、東京工業大学(東工大)の「産業化を目指したナノ材料開拓と人材育成」というコースにおいてであった。このコースは、21世紀COEプログラムの中で独特な活動をしていることで注目されており、筆者も特任教授としてテクノロジーマネジメントに関する講義を担当していた。このコースで、授業のまとめにあたる発表会を開いた。東工大が保有する具体的な技術をベースに事業戦略を練り、資金計画まで含めた事業計画をグループに分かれて学生が立案し、発表するものである。この発表会にVCの方をお招きした。

 ここで筆者の考えを述べるとすれば、VCの方々とはまったく逆のものになる。もし、優れた技術が大学にあるのだとしたら、その技術を活用して将来、産業界の中核となりえる存在感のある企業を育成する。これこそがMOTを叫んだ時の趣旨であったと思う。そのために、VCはしっかりした投資ポートフォリオを組み、ハイリスク・ハイリターンのビジネスプランに投資する。こういった意識を持つVCが出てこない限り、せっかく優れた革新的技術があったとしても、大手企業に取り込まれてしまうだけだろう。その挙句、これまでもそうだったように、日本の大手企業が「イノベーションのジレンマ」の新しい実例をマスコミやビジネススクールに提供するだけで終ってしまう。そうなりかねないと、強く危惧するのである。

 京セラ、ソニー、本田技研、TDKといった企業は、技術ベースのベンチャーの成功例といわれる。だが、その誕生は昭和30年代以前のこと。今や立派な老舗企業になっている。筆者は、これに続く企業が続々と登場することを強く期待している。もし、VCの方々にもこうした企業の再来を期待する気持ちがあるのなら、ぜひ考え方を変えていただきたい。もちろん、すべてのVCにそれを期待することは無理だろう。しかし、すべてのVCがリスクをとらないのではイノベーションは生まれない。よそと違うことをやるVCが日本にも現れることを望んでやまない。

著者紹介

古田健二(フュージョンアンドイノベーション 代表取締役
総合電機メーカーの開発技術者を経て、経営コンサルタントへ。一貫して「経営と技術の融合」を活動テーマとする。個別企業のコンサルティング活動に加え、技術経営研究センター、社会経済生産性本部、関西生産性本部、企業研究会などにおいてテクノロジーマネジメントおよび新規事業マネジメントの講師・コーディネーターを担当。著書に『テクノロジーマネジメントの考え方・すすめ方』『新規事業パワーアップノート』、近刊に『第5世代のテクノロジーマネジメント』がある。技術経営に焦点を当てた日本における唯一の定期刊行物である「月刊テクノロジーマネジメント」も発行している。
連絡先:info@fandi.co.jp

本稿は、筆者の属するフュージョンアンドイノベーションが発行している『テクノロジーマネジメント』という定期刊行誌における連載に基づいたもので、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。