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 参議院選挙における自民党の敗因については、ほぼ店頭に並び尽くしたといったところか。年金、政治とカネ、大臣の暴言、安倍さん個人など、問題は実に多種多様だが、その一つとして「格差」、その代表として「所得格差」の問題が取り上げられていた。先日、知人ともこれについて話をしていたのだが、彼はこんな感想を漏らしていた。「日本は『実は理想的な社会主義国家』と呼ばれるほど所得格差の少ない国だったらしい。長い間そうだったものだから、格差に対して敏感になっているのかも」と。

 確かに、そんな笑い話を私も聞いたことがある。天国にいるマルクスが「社会主義国は次々に崩壊していく。君の理論は間違っていたのではないか」と揶揄され、マルクスは「何を言う。あそこに見える国は実に元気じゃないか。かの国こそ私が理想とした社会主義国なのだ」と答える。その国というのが日本、という話である。別に「一億総中流」といった言葉もあった。事実はともかく、多くの人たちが「所得格差の少ない国である」という自覚を持っていたということだろう。

 その国が、バブル崩壊後に未曾有の不況を体験する。そこから立ち直る過程で「格差が拡大した」と多くの人たちが感じ始めているらしい。多くの人たちの一人である私も、何となくそうかもしれないと感じている。

 以前に、「格差を拡大させることは、経験的にみて不況脱出に最も効果的な方法の一つである」と、あるエコノミストの方にお教えいただいたことがある。典型的なものとして、累進課税である所得税などの累進性を緩和する政策がある。レーガンやサッチャーがやったのはそれだったし、日本で不況対策として断行された所得税の定率減税、「逆累進課税」とも言われる消費税の税率アップなどもその一種なのだと聞いた。「勝ち負けが明確になる」という社会が人のやる気とか危機感とかを喚起するということなのだろうか。

 もっとも日本の場合は、政策としてもそれをやったのかもしれないが、呼応するように企業もそれを強力に推し進めた。その代表例が「成果主義」であり「派遣社員や非正規雇用者の大量導入」である。それらが積極的に格差を生むための施策だったことは、「格差は能力の差」と大胆に発言した経営者もおられたことからも明白だろう。

 こうした企業側の動きと政策を比べたとき、総合的にみてどちらが景気対策として効果的だったのかはわからない。だが少なくとも「格差社会の出現」を皮膚で感じさせるという影響力においては、企業側が進めたそれの方が大きかったのではないかと個人的には思っている。

 もはや日本が「隠れ社会主義国」と呼ばれたのも今は昔か――。そう思っていたら、メーカー出身のある方から久しぶりに、その懐かしいフレーズを聞かされた。彼は大手電機メーカーで技術統括の職にあったが、転身してハイテク企業誘致やベンチャー育成を目的とする公的機関で責任者を務めておられる。だが、どうもメーカー在籍時代のように仕事を進められず、鬱々とした日々を送っているらしい。

 原因はガチガチの官僚統制にあるという。彼に言わせれば…(次のページへ