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 さらに言えば、無線通話機を携帯するという今日では当たり前のシーンも盛り込まれておらず、二足歩行ロボットもMEMS技術も取りざたされていません。パソコン+インターネット、携帯無線通信、二足歩行ロボット、MEMSなどはまさに既に起こった「変曲点を担う技術」の代表選手とも呼べるものなのですが、これらについてまったく言及されていないのです。

 在宅勤務、在宅看護、遠隔教育、ホームショッピング…。そう言い換えれば、予測はほぼすべて正しいわけで、採点をすれば全問正解かもしれません。しかし肝心の「大きな潮目の変化」というポイントが見事に抜け落ちている。これが、専門家たちが知恵を結集して作り上げた未来予測なのです。二足歩行などできるわけがない、携帯機器による無線通信などインフラ構築の大変さを考えると非現実的で、自衛隊や警察などの特殊用途で使われるのがせいぜい…。専門家だから現実的な課題をちゃんと認識している。それが目の前にちらついて、フィルタがかかってしまったのでしょう。

政治的なバイアスも

 「何か違う感」の原因が二つあると言ったうちのもう一つは、政治的バイアスとでもいうべきものでしょうか。「女性の社会進出」とか「高齢者対応社会」というと、「文句があるか?何も言えまい」という勇ましさを感じます。でも実際には、作ってみたい未来像と作らねばならない未来像には違いがあるように思うのです。

 結論的に言ってしまえば、技術者としての専門知識の呪縛と、行政に携わるものとしての政治的な呪縛の下にできあがったのが、この未来マップなのかもしれません。経済企画庁には悪者役を一手に引き受けていただきましたが、企業の手によって描かれているロードマップにも、大なり小なりこのような問題点があるようです。

 翻って、明治時代の100年予測です。純真無垢なワクワクするような発想の奔放さを感じます。下手に専門知識がないだけに、バラ色の夢が素直に未来の世界に投影されているのでしょう。100年も先の話ですから、それまで生きている可能性はほぼないし、外れても責任を問われたり恥をかいたりする心配もありません。大ざっぱに、少しだけ持っている最新の科学情報をフル活用して「こうなってればいいなあ」という姿を考えた結果といえるでしょう。

 「サハラが沃野に」とか「犬が家事労働」といった、特にナンセンスな箇所が印象に残りやすいため、この予測全体が「御一興なお話」的な印象を与えてしまうかもしれません。けれど、科学や工業の本格的発展直前の時代であることなどを考慮すれば、意外と本質を外していない、かなり的確な予測であると私は思っています。

定量と定性

 質的な話と量的な話という見方をしてみましょう。経企庁のような予測像が定量的な正確さを優先したものであるのに対して、報知新聞の予測は定性的な方向性に重きを置いたものと言えるかもしれません。大胆に言ってしまうと、予測している各論は概ね的中するけれども、肝心の大きな変化を取りこぼすのが定量的近未来予測で、大ボケのナンセンス予測というノイズを含むけれども、大きな変曲点も包含した予感めいた絵を描くのが定性的遠未来予測、ということでしょうか。

 だとすると、意識的に両者の長所を生かしてハイブリッドに描くことができれば最強の予測ができあがるはずです。その場合、まずは定性的にポーンと石を置く。報知新聞の例からすれば、バランスの取れた人が直感的な感性や自由奔放な想像力に任せてやった方がよさそうです。ここでバトンタッチ。国の宝、会社の宝である各分野の専門家が知見を縦横に駆使し、置かれた石の方向性に準じて定量的精査をみっちりやっていけばよいのです。

 携帯電話やインターネット、バイオ工学、メカトロニクスなどの先端分野の技術者や、商品企画の方々と話しているときによく聞く言葉が、「この業界は進歩が速くて3年予測が精一杯です。10年どころか、5年先すら読めない」というものです。いかにもその通りなのですが、一方で、定量と定性の考え方を混同されているのではとも思うのです。木を見て森を見ずということなのではと。

 それを責めようというわけではありません。専門家は「木を見る」ことが仕事なのですから。では「森を見る」、前の例で言えば「石を置く」定性的な仕事は誰の仕事なのでしょうか。一人だけに絞れと言われれば、CTO(chief technology officer)と答えたいと思います。これこそがCTOの一番大事な仕事、いやこれだけがCTOの仕事といっても過言ではありません。

 営業から技術に至る、すべてのバリューチェーンを支える社員たちの頭の中に、それぞれ定性的な小さな石があります。それこそが企業会社の考える未来像なのです。この暗黙知をグイッと束ねて、明示化・可視化する仕事こそがCTOの最大の仕事であって、個々の技術マネジメントは、その後の定量的な手順に過ぎません。

 定量的 vs 定性的という言い回しがピンとこなければ、技術的 vs 芸術的と言い換えてもいいでしょう。ここで論じてきた「定性的な問い」とは、人は何を見て美しいと感じるのか、何に触れて心地よいと思うのかといったことに関する本質的な問いにほかなりません。これに取り組むのがCTOの使命なのです。

 技術を総監督するのがCTOの役目。けれどそのCTOには、技術的知識よりむしろ芸術的センスが必要なのかもしれません。

著者紹介

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社シニアマネージャー。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社)がある。

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。