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 1979年に初代機が誕生したウォークマンは、実に四半世紀にわたってブランドが存続している。日本の家電製品で一つのブランドがこれだけ長く存続する例はまれではないだろうか。媒体はカセットテープからCD、MD、ハードディスクへと変遷し、「ウォークマン」のロゴマークも何度か変更しているが、ウォークマンの強さは健在であり、高い市場シェアとブランド力を保っている。私は当時のソニーPPセンター(デザイン機能を核とした商品開発部門)でウォークマン初代モデルの企画から開発、宣伝広告までを担当し、後継機種の開発にも携わった。

 ウォークマンの初代モデルは、「携帯型カセットプレーヤー」というそれまでなかった市場を生み出して大ヒットした。初代モデルの商品としての斬新さやユニークさが顧客にインパクトを与え、「ウォークマン」というブランドを確立したとみる人は多いだろう。

 しかし私自身は違う見解を持っている。一つの商品がどんなに優れていても、それだけでブランドはつくれない。ウォークマンのブランド形成には、商品の魅力だけでなく、ソニーという企業の経営者の考え方や社風も大きく寄与していた。そして初代モデルのヒットに甘んじず、継続的な技術やデザインの改善を重ねて、二代目以降のモデルの競争優位性を高めた。これによって「ウォークマンでなくてはダメ」という指名買いが生まれるほどのブランドに育てたのである。

どこにもないから作る

 世の中にヒット商品と呼ばれるものは多く、その時点ではどれもブランド力を持っている。しかし商品の魅力だけをよりどころにし、それが生まれるに至った背景や、会社の経営理念まで顧客に理解してもらえなければ、ブランドとしての深みをつくれず飽きられてしまう。

 ウォークマンの原型は「プレスマン」という小型のカセットレコーダーにある。ある若いエンジニアが自分の趣味でプレスマンを改良し、ヘッドホンで音楽を聴くためのステレオプレーヤーとして使っていた。これを私が目にして、当時ソニー名誉会長だった井深大氏、会長の盛田昭夫氏に見せたところ、二人とも興味を持ち、本格的な開発にかかったというのがおおよその経緯だ。

 初代モデルの開発に当たって画期的な技術のイノベーションがあったわけではなく、小さな筐体でステレオ再生が可能になるよう既存の技術を改良すればよかった。当時の大手家電メーカーであればどこでもできたことだっただろう。

 しかしなぜ他社ではなくソニーがウォークマンが生んだかといえば「人のまねをしない、人のやらないことをやる」という経営理念があったことが大きいと思う。当時ラジカセなどのカセットデッキは「カセットレコーダー」と呼ばれており、録音機能があることが前提だった。録音できず、聴くだけの機械に需要があるはずはないというのが業界の認識だったのだ。販売部門も難色を示したし、実際発売したときも一行も記事にしなかった全国紙があったほどだ。周り中から「売れそうもない」と思われていたのだ。

 しかし当時の経営トップは「売れそうもない」と思われ、他社が手を着けないものだからこそ、やる価値があると考えた。他社が既に参入している市場に後から乗り出しても、価格競争で利益は得られない。だれも手を着けていない市場なら、外れるリスクもあるが、当たれば利益を独り占めできる。

 「売れそうもない」ものに取り組むのは…(次ページへ