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 予想通り他社が次々と「類似品」を出し、競争は激化した。これを見越して他社に先んじて新製品を矢継ぎ早に出す戦略を採っていたので、トップシェアは保つことができた。しかし私自身は正直言って、この判断に心の底から同意することはできなかった。

 しかしその後、当時の判断の正しさを証明するような出来事が起こった。1980年代の初めにビデオムービーの企画に携わることになった私は「テープの大きさがマッチ箱くらいのものを作ったら、使いやすいのではないか」と提案し、開発陣がそれを実現した。販売するに当たっては、ソニーで市場を独占することを狙った。ビデオ技術の格差もあって確かに他社の追随は防げたが、市場が大きくならず、ごく一部のビデオ撮影愛好家のための「ホビー商品」に終わってしまった。

 特許などでブランドを守るか、公開して市場の拡大を図るかは難しい問題であり、「こうすべき」というセオリーを確立するのはこれからも難しいだろう。しかし少なくとも、ブランドのオリジナリティーを特許だけで守ろうとするのは無意味に思える。他社が表層的な技術で追随してきても、それに負けない「本質」を内包していなければ、ブランドとして長期にわたる優位性を保っていくのは難しいはずだ。

ネーミングの「失敗」

 もう一つ、ブランドとしてのウォークマンが成功した要因として、よくその「ネーミング」が挙げられる。確かに「ウォークマン」という名前は「歩きながら音楽を聴ける」という商品の特徴を的確に表し、かつ覚えやすいというメリットも備えている。しかし実はネーミングに関しては失敗している部分もある。

 ウォークマンという名前は熟考して選んだわけではなかった。当初想定していた名前が他社の登録商標となっていたことが分かり、「プレスマンを改造したからウォークマンでいい」といささか安易に名付けた。

 案の定、名前を決めてから「英語としておかしい」という指摘が各方面から入った。「ウォーキングマンとすべきではないか」という意見もあったが長すぎる。結局米国は「ウォークマン」を採用せず、「サウンドアバウツ」という名前を使うことに決めた。「歩き回る」を意味する「ウォークアバウツ」や、「走り回る」を意味する「ランナバウツ」に関連させた造語である。英国もスウェーデンもそれぞれの国で名前を付けたため、同じ商品が世界で四つの名前で呼ばれることになった。

 これはグローバルなマーケティング戦略としては薦められる方法ではなかった。日本でウォークマンがヒットし、日本に来た観光客やビジネスマンを通じて諸外国にも話が広がると、「ウォークマンが欲しい」という要望が多く寄せられるようになった。各国では同じ製品が別の名前で売られているというのにそちらは気付かれなかったのだ。

 こういう経緯があって、初代ウォークマンの発売後1年を経てから、全世界で名前をウォークマンに統一した。ソニーの歴史の中で、途中で商品の名前を変えたのは初めてのことだった。

 統一してみると、さまざまなメリットがあることが分かった。全世界で一つのブランドを確立するため、一貫したマーケティング活動ができる。しかも生産、物流といういわゆるサプライチェーンの運用上も効果が大きかった。同じ名前に統一しておけば、米国の需要が盛り上がったときに、日本向けの商品を輸出して対応することもできる。以前は国ごとに商品に印刷した名前が違っていたため、国境を飛び越えて商品を融通することが難しかったのである。

 今となっては、グローバルな商品展開に当たってブランドを統一するという戦略は当たり前のことかもしれない。しかし当初はさまざまな「勘違い」があり、試行錯誤の中からノウハウを蓄積したといえる。ちなみに完全な和製英語であったウォークマンは、現在はオックスフォード社の辞書にも載っている。

小さくてもブランドはつくれる

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