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死者が車に乗り、生存者が歩く

 司令官のこの考えは海兵隊員に叩き込まれていた。ニューカム氏の『硫黄島 太平洋戦争死闘記』を読むと、勇猛果敢な海兵隊員の逸話を多数知ることができる。もっとも損害を出した第五師団の病院にいたエバンズ中尉は妻に次のような手紙を送った。

 昨日だけで三七五人の患者の手当てをした。これで君にも忙しさが分かると思う。もう戦場の外科の勉強は充分してしまった。しかし、海兵隊というのは驚くべき人間の集団だ。彼らは見ただけでぞっとするような傷を負って病院にやってくるが、言うことは誰も同じように“早く前線にもどりたい”だ。後方で充分な手当てを受けなければいけないというと、泣き出す始末だ」(『硫黄島 太平洋戦争死闘記』)

 上陸2日目に、第五師団は8人の士官と172人の兵員を失い、負傷者は総計で518人になった。硫黄島作戦で海兵隊の師団が1日で受けた最大の損害であったが、この日の活躍により、第五師団の5人に対して名誉勲章が与えられた。1日に5人というこの数字も記録である。ニューカム氏の本によると、彼らの戦功のほとんどは海兵隊の仲間を救った活動であった。

 この日一日で第五師団の五人に勲章が申請されたが、この記録はまだ破られていないはずである。二六連隊第一大隊のベリーと二六連隊第三大隊カディ一等兵は、火をふいている手榴弾の上にとびこみ戦友を助けた。またウーレン軍曹は二六連隊第二大隊とともに六〇〇メートル前進し、その間、負傷兵の治療をした。彼は六日間で三度目の負傷をしているが、こんどは重傷だった。しかし看護を止めることを拒み、意識を失うまで傷ついた戦友を求め這って前進を続けた。(中略)夜明け前の見張りに立っていたハレル軍曹は、(中略)日本兵を殺し、火花を散らしている手榴弾をできるだけ遠くに押しのけようとした。(中略)拠点を守ったわけである。ウイリアムズ三等看護兵曹が五つ目の勲章をもらった。手榴弾を投げ合う激しい戦いの中で、彼は戦友の治療をした。(中略)ウイリアムズは海兵隊の治療を受けて、自分の腹のきずに繃帯すると、もう一人の戦友に応急用具を手渡して、戦線にもどって行った。(『硫黄島 太平洋戦争死闘記』)

 野中郁次郎氏は『アメリカ海兵隊 非営利型組織の自己革新』の中で、海兵隊には「友軍を見殺しにしない」、「死傷者を戦場に放置しない」という伝統があると述べ、「死傷してもかならず収容されるという信頼、お互いに骨を拾うという戦友愛は、海兵隊員の連隊意識に支柱となっている」と書いている。その典型例として、同書には「死者が車に乗り、生存者が歩いている」写真が掲載されている。この写真は朝鮮戦争における長津湖脱出作戦の一こまを捉えたもので、中共軍に包囲された海兵隊は長津湖から“転戦”し、なおかつ遺体を持ち帰った。実際には戦いながらの退却だったが、海兵隊は退却という言葉を使わないのである。

二面性を持てた理由

 理詰めの作戦を立て、綿密な準備をして戦いに臨むとともに、「全滅しても負けない」と言い切り、死者を車に乗せ、疲れ切った生存者を歩かせる海兵隊は、まさに合理精神と敢闘精神の二面性を併せ持っていた。その海兵隊と、「西洋的合理精神と封建的忠誠心をあはせ持つ『異形』の日本人」であった栗林中将が率いた日本軍が硫黄島で正面衝突したのである。

 合理的な面と非合理的な面を併せ持っているからこそ、海兵隊は自己革新を続け、常に新しい任務を遂行してきた。二面性を持つことこそ、強い組織の条件であり、これは軍隊以外の組織についても当てはまる。『アメリカ海兵隊式経営』の著者デビッド・フリードマン氏は「海兵隊文化にみられる、ほぼすべての価値観や特性には、それぞれ相反した別の価値観や特性が存在し、それらがバランスを保っている」と書いたし、野中氏は『アメリカ海兵隊』の中で、「自己革新組織の要件には、概念としては矛盾するが、実は相互に補完しあって共存している関係にあるものが多い。集中と分散、分化と統合、共有されている中核技能と個々別々の専門的技能、人間性を重視するシステムと科学技術を徹底的に利用するシステムなどである」とした。

 合理と非合理を兼ね備え、矛盾する概念を包含していくには、中核となる存在価値が必要になる。『アメリカ海兵隊』によると、海兵隊のビクター・クルーラク中将は、「海兵隊でなければどうしてもできないものは何か。それは冷たい機械的・合理的な側面ではなく、暖かい人間的・非合理的な側面ではないだろうか」と述べ、「合衆国が海兵隊を必要とする理由は、論理を超えたところにある」としている。

 論理を超えた中核の価値として、野中氏は「神、合衆国、海兵隊、そして仲間に対する信頼を基盤とする自己犠牲」と指摘する。フリードマン氏は『アメリカ海兵隊式経営』の中で、海兵隊が有する「七つの価値観」を紹介している。一、「常に忠実であれ」、二、「相互依存」、三、「犠牲」、四、「忍耐」、五、「自信」、六、「任務への信頼」、七、「高潔さ」。三の「犠牲」とは「秀でた存在になるためには、犠牲を払わねばならない」という価値観である。同書に出てくる逸話であるが、生誕223周年祝賀舞踏会における挨拶で海兵隊のトップは「海兵隊が第二次大戦の硫黄島上陸作戦で被った大殺戮の模様を、マルチメディアを駆使した映像によって、くわしく解説した」。これ以外の時においても、硫黄島、沖縄、タラワといった太平洋戦争における激戦区への言及がしばしばされるという。

 「常に忠実であれ」は海兵隊のモットーであり、新兵の猛訓練で知られるブーツ・キャンプの入り口には「海兵隊員になるために、自己、同志、隊、国、そして神に変わらぬ忠誠」と書かれている。忠誠を誓う対象として自己も含まれているが、さらに自分以外の何者かへの忠誠があってこそ、論理を超えた活動ができ、そしてここが重要なところだが、論理にも強くなるのである。

 海兵隊員はアメリカ人であるから、当然のように神への忠誠を誓っている。硫黄島戦に関する書籍を読んでいると、米軍の登場する場面で神への言及がしばしば出てくる。例えば、水陸両用作戦のマニュアル作りという「軍事作戦の知的フロンティア」に挑戦した航空チームのリーダーは、「われわれはひたすら謙虚になること、そしてこの目的のためにわれわれに神が与え給うた想像力を駆使することに努めた」(『アメリカ海兵隊』)と語った。

 また、『硫黄島 太平洋戦争死闘記』によると、硫黄島に上陸前夜、スミス中将は就寝前に、聖書を読み、祈った。彼の習慣であったが、この晩は翌朝のことを考え、苦しんだからでもある。上陸前日の記者会見でスミス中将は「(翌日の上陸作戦においては)海岸で非常に多くの損害を出すだろう。おそらく上陸部隊の四〇パーセントがやられる」と述べていた。海兵隊には従軍牧師が同行しており、師団長は作戦開始の直前、「神が諸君を守りたまうように」と訓辞している。

 最後に面倒な話になった。筆者はキリスト教を信じていないし、神に祈りつつ「想像力を駆使」して作戦を立て、「上陸部隊の四〇パーセントがやられる」ことを覚悟の上、作戦を敢行するアメリカ人に対し、十字架の件と同様に凄いと思う反面、「とてもではないが、ついて行けない」という気持ちにもなる。と言ってアメリカを批判するつもりはない。筆者にとって日本のほうがはるかに重要だからである。次回は日本側に話を戻し、栗林中将が二面性を持てた理由を考え、本連載の締めくくりとしたい。

(谷島 宣之=経営とITサイト編集長)

■留守晴夫教授東京講演会の御案内■
【演題】「アメリカを知るといふ事―対テロ戰と西洋近代」(仮)
【日時】2007年11月3日(土)
講演(14時30分開場、15時開始、17時終了)、懇親会(17時開始、18時30分終了)
【会場】早稻田奉仕園内「日本キリスト教会館」6階
【參加費】講演2000円、懇親会3000円(どちらか一方のみの參加も可)
【主催】松原正先生を囲む会
(問い合わせ先:木村貴、予約は不要ですがご参加の方は御一報下さると幸いです)

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