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上から下か,下から上か

 何をご自身たちで古いと感じられていたのかはよくわからないが、以前から除々に進めていた店舗展開の様子を調べてみると、湯木貞一氏の知恵なのか、吉兆グループは実に堅実な方法をとってきたことがわかる。私が感心したのは、日本企業がよくやるように「下から始めてブランドを上に作っていく」のではなく、欧州高級ブランドの常套手段である「上から始めてブランドを下に作っていく」という方法を採っていたことである。

 かつてブランドの展開方法をいろいろ調べていて気付いたのが、この「上へ」と「下へ」の差だった。わかりやすい例としてサントリーのウイスキーを挙げるなら、かつては角瓶が同社唯一の特級酒で、最高級銘柄だった。その後、消費者の購買力向上に歩調を合わせるように、オールド、リザーブなどの高級銘柄を出していく。つまり、上位の銘柄を新たに加えていったのである。こうすると、もっとも新しい銘柄がもっとも高級という構造ができ上がる。このことが消費者に与えるイメージを下世話にいえば、「いや、そもそもは大衆向けでやってたんだけど、成功しちゃったもんだから高級品とかもやってみようかと思って…」みたいな感じか。

 ところが欧州のブランドを調べてみると、この逆の方法が圧倒的に目立つのである。ブランドや銘柄を増やしたければ下に作る。つまり、元祖ブランドの普及版を別ブランドとして加えていくのである。これをディフージョン・ブランド、セカンド・ラインなどと呼ぶ。「今よりもっと高級な領域に踏み込みたい」という場合も、同じ手法をとる。元祖ブランドの価格帯を上げ、必要であれば数量も絞り、やはり別ブランドを下位に新設する。こうして、もっとも歴史のあるブランドや銘柄が最上位となる構造を保つのだ。上の言い方に倣っていえば「元々は貴族向けとかしかやってなかったんだけど、いろいろ要望が多いものだから一般の人向けもやってるんですよ、今は」といったところだろう。

「最上」の追求

 実は、吉兆はこの方法をとってきた。元祖ブランドである吉兆の店名を使うのは最上位の料亭のみで、それに比べると低価格でサービスを提供する店舗には、花吉兆、味吉兆、正月屋など、別の名称を付けたのである。

 それは経営論とか戦略いった理屈ではなく、吉兆の名声を築き上げてきた人たちのプライドと責任感だったのではないかと思う。納得できる、最上のものだけが「吉兆」の名を冠することができる。もちろん商売だから、規模の拡大もしたい。それでも、自分たちが最上と思うものだけにしか吉兆とは名乗らせない。

 LVJ(ルイ・ヴィトン・ジャパン)グループで「エミリオ・プッチ」という新ブランドの立ち上げを指揮した権藤嘉江子氏も、そのことを強調しておられた。「ブランドビジネスに長く携わった人間にはブランドに対する揺ぎない自信と誇りがある」。彼女は、その姿勢をビジネス上のさまざまな機会に学ぶ。そして「『私たちは市場から熱望されて商品を提供する』という姿勢を、相手に、ひいては市場全体に示すことが必要なのだ」との考えに至る。

同じヒントでも…

 もちろん、真の自信や誇りを身に付けるには、それなりの裏付けが必要になるだろう。戦略の精妙さといったこともあるかもしれないが、あまりうまく言い当てられていないような気がする。例えばそれは「最上のものを作り上げてやるという思いの深さ」とでも表現すべきものなのだろうか。

 京都で古美術商をやっている知人から聞いた話である。外国人のグループが店に入ってきたのだが、よくある観光客のグループとはまったく雰囲気が違う。聞いてみると、そのうち数人はルイ・ヴィトンの幹部、残りの数人は美術の専門家で、サンプル収集のために来日したらしい。所望されたのは古い裂(布)類や、それを使った屏風などの調度、装飾品など。前回のコラムでも触れたが、ルイ・ヴィトンのモノグラム・シリーズで使われているモチーフは、江戸小紋など日本の古い布地の柄をヒントにしたもの。新たなデザイン開発のためのヒントを今でも探し続けているのだろう。

 この話を、日本の大手アパレル・メーカーに勤める友人にしてみた。すると、「なんだ、そんなサンプル収集なら自分たちも相当にやっているよ」と胸を張るではないか。でも、よく聞くと買うものが少し違うようだ。青山、銀座、渋谷はもちろん、ときにはパリやミラノ、ニューヨークにだって行く。行って、売れ筋商品を買い漁るらしい。それを「ヒント」に新製品を作るのだとか。

 それって「サンプル」というより「パクりネタ」じゃねえのか。そう思ったのだけど、贋ブランド時計をキラめかせ、誇らしげにタバコをふかす彼を眺めているうちに、そう問い返す気もなくなってしまった。