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 ただ、今も世界に誇る「日本のものづくり」を語るとき欠かせないキーワードは、熟練工や職人の価値観や文化です。世界に尊敬され、誇るべき日本の製造業の文化とは、職人文化の延長上にあるものだと私は信じています。大量生産を実現するための生産技術や品質管理手法に関しては、近代科学を駆使して構築しました。しかし、設計概念や運営の思想は、そのまま職人文化を基盤としているといえるでしょう。

 よく言われる事例ですが、量産現場で丸い範囲を示す治具を作業者に渡して「毎回この範囲内に孔をあけて下さい」と作業指示を出せば、日本ではその範囲内の一番中心の部分を狙うように仕事をするのです。論理的には品質管理の限度見本としてその丸い範囲内であればどこでも充分なのですが、気質として自分に納得するど真ん中を狙い続けるというのが日本人だといえるでしょう。「道」を究めようとする職人気質の血が毛細血管のように現場のいたるところに流れているのが日本の製造業における力の根源。これは理屈ではなく、感性の問題なのです。

 この日本的な職人文化とプレゼンで見事にロジカルな理屈を語る若者像とは、何だか正反対のものに見えてきます。

 異質なものを二つあわせた時、弱みを補完しあってよりよいアウトプットを出す現象を相乗効果と言い、逆に打ち消しあう現象を相殺効果と言います。自然科学を勉強した人なら承知していることですが、相乗効果などという都合のいい現象はめったに生じません。広く組み合わせを試してみて、条件をギリギリ絞り込んでようやく手にすることのできる珍しい現象といえるでしょう。ほとんどの安易な組み合わせは、相殺効果に終わるのが自然の摂理なのです。

 昔の人はうまいことを言いました。和魂洋才です。見てくれは洋装でも心までは売るまい。これが洋魂和才、洋魂洋才になってしまっては本家西洋の人達に敵うわけもありません。「気づいてみたら語るべきWhatのない中途半端なネゴシエーターしか残っていなかった」ではしゃれになりませんよね。

 私は、15年間ほど職人気質の強い製造現場で暮らした後に、外資系戦略コンサルティング会社という洋風ロジックの巣窟のような職場に転職したので、両者の実態を見て感じることが多くあります。憎たらしいけれど、ロジックは確かにパワフルです。洞察と直感主導で進め過ぎると我田引水的になる上に、考えの中にモレやらダブりが出て杜撰な仕事になりがちです。考える範囲が限定されて、局所最適のワナに陥る可能性も秘めています。

 結局、「勝ち負けオペレーション」という概念には、ロジックの方が適していると実感します。「この答えよりよい答えはない」ことをうまく証明するにはロジックしかないのです。現場では不良対策のような後ろ向きのシーンだけで活用された手法ですが、もともと「勝ち負けより美しいものを作りたいという職人的な風土」の私たちの職場において、業務のあらゆるシーンにほんの少しのロジックの助けがあると品質は飛躍的に改善できます。

 例えば、感性と直感で導き出した仮説をそのまま提示するのではなく、それをまな板の上に置き、なぜ自分はその答えに到ったのかをロジカルに考え直してみます。手間のかかるプロセスですが、仕事のアウトプットを緻密化し、プロの仕事といえる水準にまで持っていくには必要な作業だと思います。技術開発を支援する仕事をしていて、こう感じる場面を何度も経験しました。

 ただし、その逆はないところがまた大事なポイントです。すなわち、感性と直感のないところでいくら論理を巡らしてみても何も新しいものは生まれません。あくまで主役は感性、検証役として補佐するのが論理の役目なのだと思うのです。

著者紹介

川口盛之助(かわぐち・もりのすけ)
慶応義塾大学工学部卒、米イリノイ大学理学部修士課程修了。日立製作所で材料や部品、生産技術などの開発に携わった後、KRIを経て、アーサー・D・リトル(ADL Japan)に参画。現在は、同社シニアマネージャー。世界の製造業の研究開発戦略、商品開発戦略、研究組織風土改革などを手がける。著書に『オタクで女の子な国のモノづくり』(講談社)がある。

本稿は、技術経営メールにも掲載しています。技術経営メールは、イノベーションのための技術経営戦略誌『日経ビズテック』プロジェクトの一環で配信されています。