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時には演繹的な視点も

 現場主義的な「まずやってみるアプローチ」の有効性は、歴史が証明しています。けれど、これとて万能ではないと思うのです。例えば、この手法を常用していると「木を見て森を見ず」という落とし穴にはまる可能性が否定できません。つまり、その場しのぎの局所最適化を繰り返すばかりで問題の本質を見誤ってしまい、従来とは全く違った視点からの革新的なアプローチを生み出せなくなってしまうのです。

 それを防ぐためには、関連情報や知識を集めまくる帰納的な作業からちょっと手を休めて、今取り組んでいる課題に対して「打ち手は出し尽くされているのか」「その打ち手群は構造化されて整理されているか」「そこから選んだ打ち手を実現するためのボトルネックは何か」といった「課題と打ち手の関係性」を演繹的に構造化・可視化してみることが重要でしょう。逆のアプローチとして「いま考えている課題自体が、本当は何を解くための課題だったのか」「今本当に取り組むべき課題なのか」といったそもそも論を構造化することも効果的です。ブレインストームというアイディア創出作業も、構造化されたストラクチャード・ブレインストームにすると効果が何倍にも大きくなります。

マニュアルでは伝わらない

(2)習うより盗め系 <直感と感性で洞察>

 親方に弟子入りしたのはいいけど、いつまでたっても床掃除や薪割りに食事の準備の繰り返しの日々。いつになったら親方は奥義を伝授してくれるのか・・・。そんな場面で使われてきた言葉です。それには、二つの意味が込められていそうです。本当に大事なこととは、教科書のように言葉にして教えることはできない。その場面とか環境条件などを全て含めた空気全体の中に含まれた暗黙知そのものであるので、習うのではなく慣れるしかないという教えが一つ。もう一つは、自発的に工夫して何とか盗み取ろうというくらいの気構えがなくては大成しないと言う意味でしょう。

 後者はともかく、前者はマニュアル文化の対極にあるものです。職人の世界ではワザを形式知にすることをよしとしない傾向があります。下手にアニュアル化すると、解ったような気になって伝承とともに劣化してしまうことを知っているからです。トヨタの改善手法とは、学ぶほどにそれを会得することが難しいことがわかるという話をよく聞きます。トヨタをマニュアル化すること自体がどだい無理な話なのです。改善手法が簡単に書き物にできるくらいのものなら,これほどに強い企業になれたはずはないという言い方もできるかもしれません。