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行き過ぎに気を付ける

(3)理屈はもういい、やるのかやらないのか系 <感情的な根性論>

 熱く技術を語ることと感情的に気合で頑張るということは、似ていて非なるものです。日本帝国陸軍が過度な精神主義に陥り、様々な局面で致命的な失敗を繰り返したことはご存知の通りでしょう。困った局面でしばしばリーダーは「理屈はもういい、で、やるのかやらないのか」となりがちです。士気にかかわるからです。

 まず全身全霊を投じて真剣に取り組む姿勢を重んじることは、組織運営では必要悪として完全否定はできません。けれど日本では、「それは行き過ぎ」と感じるケースがままあります。感情論や精神論ばかりが先行すれば「姿勢そのものが大事であって結果の成否は二の次」ということになりかねません。

 その一方で、「こだわり」にはこのようなメンタリティに通じるものがあります。伝統工芸などでは職人本人の納得する線がゴールであって、実はそこでは顧客の満足とか、市場価値などは眼中にありません。目的と手段が逆転してしまっていることすらあります。「今朝はいい魚が入らなかったので本日は魚料理はありません」とか言うシーンがそれに相当するでしょう。

 ロジカルに市場原理という理屈を考えれば、顧客の喜ぶものを作るとか、価値の高いものを作って儲けるとかが目的であって、ものづくりは手段に過ぎないはずです。ところがこだわりの職人の場合は、目的は、自分が納得できる美しいものを作るということになってしまって一心不乱に打ち込みます。市場原理に基づいた勝ち負けの理屈ではなく、彼を支える美学とはストイシズムとナルシシズムなのです。

非論理の強みを生かすには

 以上のように、三つの視点で「非論理的な技術者像」を一覧してみて改めて感じるのは、総じて論理的だとみられている技術者だが、実は非論理的である側面が強いということであり、その非論理的な技術者たちこそが日本の強みだということです。三つの類型のどれもが、そうだといえるでしょう。