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「理詰め」と「気概」という二面性

 冒頭、長男に宛てた手紙をなぜ紹介したかと言うと、またしても本連載の執筆が遅れてしまったが言い訳を書くのが恥ずかしかったからである。弁解は止め、「何をするにも意志の力即ち精神力が一番大切であるから、強固な精神力を養う事を絶えず考えなくてはいけない」という栗林中将の言葉を服膺し、本題に入りたい。2006年12月6日付で『史上最悪のプロジェクトに挑む~硫黄島決戦と栗林中将から学ぶ・その1』と題した一文を本欄に公開してから1年2カ月あまり、硫黄島戦という単一の話題だけで連載を続けてきた。これは筆者にとって初めての試みであった。何度か書いたが、硫黄島戦を通じて書こうと思ったのは三点である。

合理精神に基づく計画●史上最悪のプロジェクトと言うべき硫黄島の戦いで、プロジェクトマネジャ役を務めた栗林忠道陸軍中将が合理的に考え抜き、与えられた条件下で最善の計画を立てたこと。
鉄石の統率と敢闘精神●硫黄島の守備にあたった2万人の兵士に対し、栗林中将が厳しい要請を出し、兵士達がそれに応えたこと。
二面性を持てた理由●栗林中将が理詰めで考え抜くとともに、何が何でも日本を守るという気概を持っていたこと。

 読み直して見ると、黒丸の後の記述がなんとも気の抜けた表現になっており、書き改めたくなったが、以前のまま再掲した。これら三点のネタ元は、早稲田大学文学学術院の留守晴夫教授の著書、『常に諸子の先頭に在り 陸軍中将栗林忠道と硫黄島戦』(慧文社)である。留守教授は栗林中将について「西洋的合理精神と封建的忠誠心をあはせ持つ『異形』の日本人であった」と書いている。そこで、西洋的合理精神の発揮と封建的忠誠心の発揮についてそれぞれ書き、最後にそうした二面性を持てた理由について触れてみようと思い立った。

 なぜ二面性にこだわるのか。一つには、イノベーションを目指した困難なプロジェクトに取り組むためには、合理精神と敢闘精神が両方必要だからである。プロジェクトを成功させるために、プロジェクトマネジャとメンバーは、合理的に考えて綿密な計画を練る。プロジェクトが始まったら計画通りに進まなくなった場合でも何とかやり抜かなければならない。さらに、二面性について考えることは、科学や技術の導入を含む近代化の諸問題を考えることにつながる。近代科学と技術は西欧合理精神の賜物だが、その合理精神は一神教という「封建的忠誠心」を強いる教えから生まれたからだ。

 書こうと思った三点のうち、「合理精神に基づく計画」については第2回「唯一可能な方法を合理精神で追及」と第3回「過去の教義を捨て、新戦術を編み出す」に詳しく書いた。「鉄石の統率と敢闘精神」については第4回「新事業創出/新製品開発と戦争の共通点」に書いた。第5回に二面性について書いて締めくくろうと思ったのだが、番外編として「非合理な価値観に基づく合理精神の凄み」と題し、栗林中将ではなくアメリカ海兵隊の事を書いてみた。「合理精神に基づく計画」と「鉄石の統率と敢闘精神」という二面性はアメリカ海兵隊の十八番であるからだ。