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作業15秒でウン百万円

 「そうかぁ、だから日本は工芸や芸術といった分野では高付加価値なものが作れても、工業製品ではそれができないのか」と、ちょっとがっかりしてしまう。いやでも、可能性はなくはない。いや大いにある。何しろ、近代デザインの生みの親であるバウハウスのルーツであるアーツ・アンド・クラフツ運動の、そのまたルーツであるアールヌーヴォーは、日本の工芸品があったからこそ生まれたものなのだから。欧州などよりずっと以前から芸術開放が実現され、美しい工芸作品を庶民にも行渡るほど大量に生産するシステムを確立させてきたのが日本なのである。

 と、ここまで考えてきて、またぞろ心配になってくる。その、本家たる工芸や芸術の分野は大丈夫なのか。以前、「日本は豊かになるにしたがって芸術作品が安くなる(つまり買い手が減る)、世界でも稀有な国である」ということを書いたことがあった。美術品、工芸作品の値下がりは今も続いている。それに加え、この分野でのコスト主義の台頭である。

 まあ、素材の高さに目を奪われたり、どうしても細かく面倒な仕事を沢山しているものの方が価値の高いものに見えてしまうということは、理解できる部分もないわけではないからいいとしよう。ただ、一瞬に凝縮された高度な技を「一瞬だから時給単価からすれば安いでしょ」などとコスト主義で軽く考えてしまうような風潮があるとすれば、それはどうしても納得できない。あるエピソードを思い出しつつ、そんなことを書いている。以前に別のコラムで触れたことがあるけれど、好きな話なので何度でも紹介したい。

 浜田庄司という高名な陶芸家がいた。彼が長年の研鑚の結果生み出したのが、柄杓掛けという技法である。一抱えもあるような大皿に、柄杓で釉薬をひょい、ひょいと掛けていく。所要時間は約15秒。こうしてできた皿が、何百万という価格で売れるのである。それを見たある人がこう言った。「何百万円のものにかける時間が15秒というのはあんまりじゃないか」と。その問いに、ありし日の浜田庄司はこう答えたという。

 「15秒プラス60年と考えていただきたい」