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 人は匿名だとここまで口汚なく他人を罵れるものか。あな恐ろしやと戦慄しながら膨大な非難コメントを読み進んでいて、ふとある疑問が頭をかすめた。それは、なぜ非難が制作者に向くのかということだ。

 この問題を理解するために、平城遷都1300年記念事業協会の公式見解を基に経緯をかいつまんで説明すれば、こんな感じになる。そもそもこのキャラクターは、デザイン・コンペによって選ばれたものである。12名のデザイナーから21点の作品が提出された。その中から、学識経験者10名で構成される選定委員会の審査を経て選出され、同事業協会が承認したのが籔内氏のキャラクターである。ちなみに、選定されたキャラクターの著作権は同協会が500万円で買い取ったという。

 つまり、籔内氏はコンペに参加しただけで、選んだのは選定委員会、承認したのは事業協会である。500万円に関しても事業協会が他の事例を照らして決定したもので、籔内氏が要求したわけではない。そのキャラクターがキモいからといって籔内氏を責めるのは、典型的な筋違いというものである。「税金から500万円も支出しやがって、くやしー」という心情の発露なのかもしれないが、くやしければどんな悪態をついてもいいわけではないだろう。

作品批判ではなく人格否定

 この「なぜ制作者に」という点に関しては籔内氏も不思議に思われたらしく、ホームページの中で、コメントに対して総括的に回答するというかたちでこう指摘しておられる。

しかしながら、代議制を取っている行政の場において、行政主体が行った事業について意見がある場合は、その主体に向かって主張されるべきだと思います。その点で、今回の批判が、制作者にまで向かったことは遺憾に思いますし、芸術表現の自由という面で、たいへん危険なことだったと感じています。

 口をとがらせる前にちょっと考えれば、誰の責任かくらい分かりそうなことだ。しかも籔内氏は、肩書きや経歴からすれば、そのような批判からいかにも遠そうな存在である。現役の東京藝術大学教授で、「彫刻家は、市役所前の銅像など公共事業を当てにしない限りまずメシが食えない」といわれるような状況にあって、ちゃんと一般愛好家などにも作品が売れる人気作家である。平櫛田中賞など、権威のある賞も数々受けられている。しかも、かつては仏像の修復などを手掛けておられたので「仏教や仏像のことをよく知らないから安易に角など生やしたのだろう」という批判もまったく当たらない。実に立派な方である。それでも、彼に批判の矛先が向かった。なぜなのか。

 一つ考えられるのは、500万円の威力である。税金がからんだものだから、それだけ「くやしー」の度合いが強まった。それで勢い余って・・・。いやいや、それだけではないような気がする。ということで、いろいろ思索をめぐらせた結果、私なりに得た結論は、「原因の本質は異質なものを排除しようとする心情ではないか」ということである。