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100円と1万円はアリでも1000円はナイ

 それでも「ちょっと使ってみたいな」という場面が巡ってこないわけではない。けど、もったいないから使わない。せっかく48色がビシっとセットで揃っているのに、その1本だけを使おうなどという気にはとてもならないのである。「じゃない?」と聞いてみると、「その通り、だから需要が一巡するとたぶん売れなくなる」と井口氏はいう。

 「いやね、安ければ大量に買いたいという話はあるんですよ。先日も100円ショップから引き合いがありましてね、現金をバーンと出して、『xx円にしてくれるならごっそり買うぞ』などと言われました。けど、品質を考えればそこまで安くはできないんです」

 そうそう、価格競争は苦しいから。けど、中途半端な値段ではなおさら苦しい。そもそも鉛筆は、子供用の色鉛筆を除けば今や「こだわりのある人しか使わない」ものである。万年筆と同じようなものだと考えればいいだろう。かつて、多くの人が万年筆を使っていたころは、例えば今の貨幣価値で数千円とかの商品がボリュームゾーンだったのかもしれない。けど、今は違うはずだ。売れるのはたぶん数百円と数万円の商品で、数千円の商品は極めて成立しにくいのではないかと思う。

「名前ですよ」

 そうなれば、選ぶべき道は自ずと限られてくる。高級品を作るしかないだろう。1億円の売り上げを目指すなら、100円のものを100万本作るのではなく、1万円のものを1万本作るのだ。「いやまあそれは分かるけど、いったいどうやったら1万円で売れる商品にできるの?」と冷たい目で見られそうである。確かにそれこそが、最大の懸案であろう。

 で、井口氏に私、ほか2名が加わっていろいろ考えてみた。大前提である「高い色鉛筆というのはアリか」ということに関しては、アリという答えがすでに出ている。実際に、それらはミッドタウンでも売られているのである。ファーバーカステル以外にも、高額商品を売り出している欧州メーカーはいくつもある。「ボクはよく分からないんですけど、なぜあんなに高額なのに売れるんですか」。その問いに井口氏は即答した。「名前ですよ」と。