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 「キターーーー」と思った。「ブランドだから」というのは、日本メーカーの方などからよく聞く話である。「商品は遜色ないけど、あっちにはブランドがあってこっちにはない。だから、あっちは高額で高収益だけど、こっちは低額薄利。ずるいよなぁ」といった分析である。気持ちは分かるけど、本当にそれだけなのかといつも思う。1年、2年ならわからんでもない。けど、本当に「商品にブランド名が入っているだけで商品は凡庸」だったとして、それで10年とか20年といった長い年月名声を保ち続け、顧客に愛され続けることができるのだろうか。それほど消費者は愚かなのだろうか。

様子はいいか

 酔った勢いでそんな反論をしてみると、「確かに」という冷静な答えが返ってきた。「それって鉛筆技術者の発想で、顧客の発想ではないのかも」と。話をうかがっているうちに、彼の「名前ですよ」という発言が、よくある思い込みに根ざしたものではないこともよく分かった。実際に高級色鉛筆を購入し、使い、自社製品と比較してみた結論だというのである。特に自社が使っている芯材は、現在も日本のとある工房で熟練の職人さんが作ったもので、彼によれば一流といわれるメーカーのものと比べても負けない、極めて「いいもの」らしい。

 けれど、先に議論したように色鉛筆が「買うけど使わない商品」なのだとしたら、その芯材も真価を発揮することはない。結局、顧客は商品をみて「様子がいいか」どうかを判断し、それでもってそれは優れた製品なのかそうでもないものかを判断することになる。つまり、芯にこだわるのはすごくいいことだけど、それに負けないくらいパッケージを含めた商品全体の雰囲気、細部の処置を含めた外観にも強烈なこだわりを持たなければならないということだろう。

 「じゃないですか?」などと言ってみると、「そうそう、そうなんですよね」とか色よい返事が返ってきた。じゃあ、どうしようか、ということで臨時戦略会議はヒートアップしていく。コンセプトは最上の商品。欧州のモノマネでは絶対に勝てないから、独自性を発揮したい。ということは日本テースト、ということは職人の卓越した手仕事である。使おうとしている芯材も職人の手によるもののようだし。

それでは50万円の掃除機は作れない

 まずは価格。随所にお金をかけていって「その結果として3000円」とかではつまらない。12色セットで5000円とか、まずはゴールを決めてしまう。そのうえで、現状の工程とか材料とかを一切無視して、5000円にふさわしい色鉛筆を考えてみる。その「これまでやってきたことを忘れて白紙から」というところがとても大事なのではと個人的には思っている。というのも、こんな話を聞いたことがあるからだ。